商品動向が日々大きく変化する今、小売業界はこれまで以上に予測が難しい時代を迎えています。こうした変化に対応するためには、現場で自ら課題を見つけ、主体的に行動できる人材の力がますます重要になっています。ベイシアグループは、約60年の歴史を持つ流通小売りを中心とするグループです。その中でも株式会社ベイシアは、北関東を中心にショッピングセンターチェーンを展開しています。同社は、今を「第二創業期」と位置付け、2022年から人事戦略を大きく刷新。『人の成長なくして、事業の成長はなしえない』という考えのもと、新たな人事戦略「Bene HR」を始動させました。その柱の一つが、まさに「現場で活きるスキル」の育成です。この取り組みを推進する人事本部 本部長の割石様と、人事企画部で制度立案や教育企画を担う笠木様に、Excelスキルや日常業務でのデータ活用力を高めることを目的に導入した「SIGNATE Cloud」について、導入の背景や実際に感じられた効果をお聞きしました。「自ら考え、動く力」が求められる時代に―― SIGNATE Cloud導入前に抱えていた課題を教えてください。割石:近年、小売業界ではお客様のニーズが日々変化しており、現場における迅速な判断と対応力がより一層求められています。お客様のニーズや現場の課題に即座に気づき、自ら行動し、必要に応じて本部と連携して改善につなげる。そうした力を育むには、単なる業務指示ではなく「自ら考える力」を土台とした教育が必要不可欠だと感じていました。また、当社のような労働集約型産業では、労働生産性や人時生産性が業界全体として低い傾向にあります。このままでは企業の持続可能性も危ぶまれ、創業以来掲げてきた「For the Customers(すべてはお客様のために)」という理念の実現も遠のいてしまいます。そこで私たちは、DX・設備投資といった「ハード面」に加え、社員のスキルアップや意識改革といった「ソフト面」の底上げにも注力する必要性を強く感じていました。笠木:もともと当社にはLMS(学習管理システム)が導入されておらず、社員教育は階層別研修が中心でした。入社3年目までは手厚い学習機会がある一方、それ以降は「学ぶかどうかは本人次第」という、いわば自己責任型の学習文化が根づいていました。さらに店舗現場では、接客や商品づくりが中心で、PCに触れる機会が業務上少ない実態がありました。ExcelやPowerPointを使ったことがない社員も一定数おり、PCスキルが求められる本部に異動した際に、スムーズに業務に対応できないケースも一部発生していました。割石:そうした中、3か月に1回全社員を対象に実施しているeNPS(エンプロイー・ネット・プロモーター・スコア)というアンケート調査で、「Excelをしっかり学べる機会がほしい」との声が多く寄せられていることに気づきました。現場サイドでもスキルを身に付けて業務効率化を図りたい、という明確なニーズが浮き彫りになっていたのです。またグループ会社であるワークマンが「Excel経営」で高い生産性を実現していることも後押しとなり、当社でもExcelスキルの底上げによって生産性向上につなげられるという確信が生まれました。こうした背景を受け、社長にも提案した結果、経営判断として研修プログラムの導入を決定しました。「ただの操作研修」では意味がない——現場で活きる“データ活用力”を求めて―― さまざまな選択肢があるなか、最終的にSIGNATE Cloudを選んだ決め手は何でしたか?笠木:今回の研修で私たちが目指したのは、「単なるExcel操作スキルの習得」にとどまらない、実務に活かせる“本質的な学び”でした。特に、商品の仕入れなどを担当するバイヤー、商品管理を行う本部担当や横断的に複数店舗の作業割当や教育を担当するスーパーバイザーといった職種では、膨大な商品・販売データを読み解き、分析し、意思決定に結びつける力が求められます。一方でExcelに苦手意識のある社員の中には、数字を追いながら電卓で集計したり、紙にデータを印刷して手作業で加工したりと、データを使いこなす以前の段階に留まってるという実態がありました。この状況に対し、「データ活用」という視点で一歩踏み込むことができれば、現場の判断の質を大きく底上げできるはず。そう考えたときに「Excel操作」+「データ活用力(データを処理・読解するスキル)」の両軸を学べる『SIGNATE Cloud』は、まさに私たちが求めていた内容でした。受講者にとって決して易しい内容ではありませんが、「現場が自信を持ってデータと向き合えるようになる」ことを目的に、『SIGNATE Cloud』を導入しました。―― 今回の研修の対象者はどのように選定されたのでしょうか?笠木:研修の対象者選定においては、「誰のための研修なのか」という原点に立ち返って考えました。当初は希望者を募る形式も検討しましたが、それではすでに一定のスキルがある方や、さらにスキルを伸ばしたい意欲が高い方に偏ってしまう懸念がありました。しかし本来、この研修で支援したかったのは、PCスキルに自信が持てず、業務に支障や不安を感じている社員です。そこで今回は、各現場の上長に「PC業務に課題を感じていそうな社員、Excelを使いこなすことで業務生産性が大きく上がりそうな社員」を選出してもらう形式を採用しました。結果として、実際にExcelやPC操作に苦手意識を持つ方々を中心に受講者を集めることができ、会社として本当にサポートすべき層にしっかりとアプローチできたと感じています。現場が変わる“はじめの一歩”を支えた、伴走型の研修設計―― 導入後の運用や、研修の進め方について教えてください。笠木:まずは受講者一人ひとりが「自分の現在地を知る」ことから始めました。アセスメントテストを通じて、自身のスキルレベルを客観的に把握し、そこから学習の土台作りを進めていきました。次に、半日間の集合研修で基本操作の共通理解を全員で整え、IFやVLOOKUPなど業務でよく使われる関数はもちろん、「セルとは何か」「関数とはどういう仕組みか」といった基礎の概念まで立ち返ってレクチャーしました。初学者にもわかるようかみ砕いて解説したことで、「これなら使えるかもしれない」と手応えを感じた受講者が多く、アンケートでは初回時点で約9割がポジティブな反応を寄せてくれました。集合研修後の約3か月間のeラーニングでは、「学習時間25時間」「アセスメントテストのスコア600点以上」などの成果指標を盛り込んだOKR形式で目標を掲げました。個人のペースに合わせた学習を促しつつ、学習の進捗が芳しくない受講者に対しては、個別メッセージで声がけをしたり、上長を巻き込んでアプローチしたりと、フォローアップを行いました。―― 実際にどのような成果が得られましたか?笠木:結果として、半数近くの受講者が研修完了までしっかり取り組んでくれました。平均学習時間は約12時間、Excel関連の学習項目の修了率も約70%と、基礎スキルの定着において大きな手応えを感じています。特に成果に寄与したと感じているのは、「学んで終わり」ではなく「実際に操作しながら試せる」ことを重視した『SIGNATE Cloud』の学習設計です。単元ごとに演習問題が用意されており、自分の理解度を確認しながら進められる構成のため、ただ動画や資料を見るだけでは得られない“実務に近い感覚”で学びを深められました。また、アセスメントテストによってスキルの可視化ができたことで、自分の得意・不得意が明確になり、どこを重点的に学ぶべきかが分かりやすかった点も、学習継続の後押しになったと思います。アセスメントテストのスコアでは、データ処理スキルは平均で329.2点から497.4点へと大きく伸び、中にはSIGNATE CertificationsのGrade2を取得するまでに至った社員もいました。データ読解スキルにおいても、平均463.1点から583.1点に伸長するなど、数値で成果を確認することができました。これは、苦手意識を持つ社員が多かった初期状態から「マイナスをゼロに、そしてプラスへ」と引き上げられた証拠だと捉えています。―― 実務での変化や、受講者の反応にはどのようなものがありましたか?笠木:何より印象的だったのは、学んだ内容をすぐに業務に応用し、明確な効果を実感できた事例が生まれたことです。たとえばバイヤー職のある社員は、膨大なSKU(※)を扱う中で、これまでは行や列を手作業で選択・編集し、人によっては担当商品の販売数を電卓でひとつひとつ足し算するといった集計作業を行っていました。本研修でVLOOKUPやIFといった関数、さらにはデータの集計・分析方法を習得することで、「作業時間が10分の1になった」と劇的な業務効率化を実感してくれました。(※)SKU:Stock Keeping Unitの略。最小の在庫管理単位を指す。日々大量の商品データや顧客データと向き合う業務では、どうしても勘や経験に頼りがちです。だからこそ、データを迅速かつ正確に処理・読解し、さらにその先のデータに基づいた意思決定へと結びつける力の重要性について、受講した多くの社員が体感しています。また、会社からの指示があったわけではないにもかかわらず、受講者5名が自発的にアセスメントスコアを評価制度の評価目標に組み込んだことも大きな変化のひとつでした。これは、研修が「やらされるもの」ではなく、「自身の成長やキャリアアップに直結する機会」として認識されている結果であり、学習への高いモチベーションを生み出したと感じています。将来の自分たちを支える、地道な一歩を——最後に、同じように人材育成やデータ活用に取り組む皆さんへ、今回の経験を通じて伝えたいことはありますか?笠木:小売業は、一般消費者に最も近い場所で、日々刻々と変化する現場と向き合う業界です。だからこそ、どうしても「目の前の業務を着実に行う」ことに意識が向きがちになります。しかしながら、今回『SIGNATE Cloud』を導入し、改めて“先を見据えた取り組み”の重要性を痛感しました。こうした研修やDXの取り組みは、今すぐ成果が出るものではなく、半年後、1年後、5年後の自分たちを助けるものです。だからこそ、“将来の自分のために今やるべきこと”として、しっかり伝えていかないと、どうしても「今は忙しいからできない」といった意識に引っ張られやすい傾向があります。今回の研修では、そうした壁を乗り越えて、一歩先へ進んでくれた社員がたくさんいました。小売業は決してDXが進んでいる業界とは言えませんが、だからこそ工夫のしがいがあります。地道な努力をコツコツと積み重ねながら、現場から変化を起こしていく。未来を変える力を信じて進むことの大切さを、今回あらためて実感できました。——今回のインタビューを通じて、小売業の現場におけるDX人材育成の一例を垣間見ることができました。『SIGNATE Cloud』をはじめ、着任以来さまざまな研修体制の抜本的な見直しと整備を進めてこられたお二方からは、「ベイシア社員により良い学びの環境を提供したい」という強い想いが伝わってきました。今後はこうした「ソフト面」の取り組みがさらに進化し、ベイシア様がこれまで以上に小売業界をリードしていく存在になることを、心から期待しています。割石さん、笠木さん、この度はインタビューのご協力、誠にありがとうございました!※掲載内容は取材当時のものです。