2019年に政府から打ち出された「AI戦略2019」により、数理・データサイエンス・AIに関する教育プログラムの導入が各大学で進められている。さらに、内閣府・文部科学省・経済産業省の3府省連携のもと、数理・データサイエンス・AIに関する教育の取り組みを奨励するため「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」も創設された。これらの動きからも分かるように、文系・理系を問わずAIスキルの獲得が必要不可欠な時代へと突入した。こうした社会の流れを踏まえて、弘前大学ではSIGNATEの提供するオンライン形式のAI・データサイエンス講座「SIGNATE Cloud」の試験導入を決定。AI教育を始めるにあたって、なぜ「SIGNATE Cloud」の導入を決めたのか。また、全学レベルでAI教育を行うためにどのようなことに注力しているのか。理工科学研究科・数物科学科の守教授にその背景と取り組みについて伺った。政府の方針を受け、弘前大学における最適なAI教育の方法を模索した—— AI教育の導入を検討した背景を教えてください。本学の医学部では以前から、産学連携のもと健診ビッグデータの利活用などに取り組んできましたが、他の学部でも2023年度に向けて数理・データサイエンス・AI教育を本格導入しようと、2年ほど前から検討を進めてきました。その背景にあるのは、政府の方針として「AI戦略2019」が打ち出されたこと。この方針を受けて理系の学生全員が、そして文系に関しても3割以上の学生が数理・データサイエンス・AIを学ぶ必要が出てきたのです。さらに「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」も創設され、政府からの期待に本学としても応えていきたいという思いがありました。文系含め本学のすべての学生がAIスキルを獲得するためには、どのような教育方法が最適か。まずはそこから考え始めましたが、考慮しなくてはならない点がいくつもあり、議論は難航しました。例えば外部講師を招いて授業を行うにも、青森県まで毎回来校いただくのは現実的ではない。では学内専任教員の2人で全学生分の授業を担当できるかというと、1学年1,400名を考えると現実的ではありません。また1年生向けの導入レベルを各学部の教員が担当できたとしても、2年生以降のPythonを使った応用レベルは専任教員が担当する必要があるため、やはり教員不足の壁にぶつかってしまう。さらに必須ではなく選択扱いの科目も含まれるため、どの授業に何人の学生が受講するのか予測することも難しい。こうしたさまざまな課題を解決する最適な方法を検討した結果、採点まで含めすべての工程を一つのシステムで対応でき、オンライン受講が可能なeラーニングの教材を探そうという考えに至りました。どの学部の学生も、学習意欲が高まるような教育プログラムを—— 「SIGNATE Cloud」を選んだ決め手は何でしたか?私は、過去にSIGNATEさんのセミナーに参加したことがあり、「SIGNATE Cloud」の存在を以前から知っていました。本学に導入する教材として各社が提供するeラーニング教材を吟味する中で、「SIGNATE Cloud」が最適だと感じるようになったのですが、特に魅力を感じた点が4つほどありました。1つ目は、Pythonを全く扱ったことのない私でもスムーズに学びを進められたこと。私が参加したセミナーではPythonを用いてJリーグの観客数の予測をするグループワークが行われましたが、これが思った以上に面白く、楽しみながら学ぶことができたのです。2つ目は、実際の企業で扱われるような課題を用いて学ぶことができた点です。必要な知識を教科書的に学習していくことができる教材は他にもたくさんありますが、学んだ知識を活用して、課題を解くところまで体験できるのは「SIGNATE Cloud」ならではの魅力だと思います。さらにその課題の選択肢も多く、さまざまな学部の学生が学ぶ上で、機械系の学部であれば画像認識の課題を解くなど、学部ごとの学習内容に合った課題を選べる点にも惹かれました。3つ目は、単元ごとに学べる基礎講座のGymがあることです。このGymを使えば、好きなときに好きなスキルを学ぶことができるため、授業以外の時間に学生が自習しやすいだろうと考えました。そして4つ目は、評価制度がシンプルで分かりやすい点です。「SIGNATE Cloud」はモデルの精度で評価が決まるので、学生としても改善点が分かりやすいし、次回はもっとよい順位をとろうとモチベーションの維持も期待できると思いました。卒業後、一人ひとりが業務で活かせるような知識を習得してもらうために—— 「SIGNATE Cloud」を導入するうえで、どのような点を工夫されましたか?2021年の10月から「SIGNATE Cloud」を試験導入し、教養科目として数理・データサイエンス・AIの授業を開始しました。授業のカリキュラムを組む上で大切にしているのは、アルゴリズムベースではなく、課題ベースで学べるようにすること。AIやディープラーニングが実際にどう役立つのか分からないままアルゴリズムを学んでも理解しにくく、興味を持ちにくいためです。さらに、実用的な知識を得られるカリキュラムになっているのかどうかも強く意識しています。実用的とは、社会一般で使える汎用的な知識というマクロ視点の話だけではありません。本当に役に立つ知識がどんなものかは、仕事内容や立場によっても異なります。本学では、そうしたミクロの観点でも実用的な知識が学べる内容になっているかにもこだわっています。例えば、理系出身であればエンジニアやデータサイエンティストとして実際にアルゴリズムを組むことも多く、それなりのスキルが求められるでしょう。一方、文系出身であれば、自分で組むのではなく専門家と協働する機会が多いはず。それなら基礎的な内容を理解し、円滑なコミュニケーションを取れることを目標とする。そうした、各々にとっての実用的な知識を習得してもらいたいと思っています。本格導入に向けて、学生のモチベーション維持と課題発見力の向上に注力—— 今後はどのようなことに取り組んでいきたいですか?2023年度の本格導入に向けて今後注力していきたいのは、学生たちのモチベーションを維持です。いくら授業をしたところで、学生本人がやる気を持って取り組まなければ、知識を定着させることは難しいですから。しかし、現状では授業が毎週1回のみで学生の記憶に残りづらいためか、学生のモチベーションに差がついてしまい、前期の授業から後期の授業への継続率が低いという課題があります。この課題を解決するために、学生が学びたいときに集中して学べるようにして、モチベーションを維持しやすい環境を整備していきたいです。さらに、学習内容がどれほど自分にとって大切であるかに気づくこともモチベーション維持につながると考え、本格導入後は、学生に数理・データサイエンス・AIの知見を必須知識だと捉えてもらえるような施策も検討したいです。今後AIスキルはどんな仕事をするにしても必要となってくるはず。まだそのイメージがつかない学生も多いと思うので、彼らに数理・データサイエンス・AIの知見の必要性をきちんと伝えることも私たち教員の使命だと考えています。とはいえ、AIはあくまで課題解決のための手段の1つ。解決すべき課題を発見できなければ、その手段を活かすことはできないため、必ず課題発見力も身につける必要があります。そのため、文系・理系問わず、課題発見力を磨くことができる授業にすることも目標としていますが、この課題発見力を身に付けてもらうためのカリキュラムが、なかなか難しい。今はまだ最適なものが見つかっていないので、SIGNATEさんに相談したり、自前で調達できる生データを用意したりなど、色々な方向から検討していければと思っています。本格導入後には新たな壁が立ち塞がるかもしれませんが、一つひとつ乗り越えて、本学の卒業生が社会でAIスキルを活用して新たな価値発揮ができるような未来を実現していきたいです。まずはSIGNATEの教材をベースに理解を深める—— ありがとうございました。最後に「SIGNATE Cloud」を検討している企業・団体へのメッセージをお願いします。自分たちで教材を用意しようとすると、視野も、課題の幅も狭くなってしまう可能性があると思います。そのため、まずはSIGNATEさんの教材などを使用して、自分たちに必要なものを理解した上で、次のステップとしてオリジナルの教材作成に挑戦することをおすすめします。本校もより優れた教材を学生に提供できるよう、これからも尽力していきます。※掲載内容は取材当時のものです。