2022年12月、経済産業省と情報処理推進機構(IPA)は、「DX推進スキル標準」を発表しました。これには、DXを推進するために不可欠とされる人材の役割・スキルが定められており、その中で主要とされる5つの人材類型の1つとしてビジネスアーキテクトが挙げられています。この記事では、経済産業省とIPAが公開している「DX推進スキル標準」をもとに、ビジネスアーキテクトの役割や業務内容、必要なスキルについて解説します。参考:独立行政法人 情報処理推進機構 経済産業省「デジタルスキル標準ver.1.1」2023年8月ビジネスアーキテクトとは?DX推進スキル標準によると、ビジネスアーキテクトとは以下のような人材をさします。DXの取り組みにおいて、具体的な目標を設定し、それを実現できるプロセスを策定することで、ビジネスや業務の変革を主導する人材関連するスタッフや部門間の協力を促進し、その協働を導くことで、設定された目的の達成に向けて一貫した取り組みを推進していきます。この人材が担うロールとして設定されているのは以下の3つです。ここでいうロールとは、DXの推進において、担当する責任、主要な業務内容、およびそのために必要なスキルセットをもとに定められた役割のことです。新規事業開発既存事業の高度化社内業務の高度化・効率化それぞれのロールの詳しい内容は、後の章にて解説しています。ちなみに、DX推進スキル標準は、DX推進を担う人材の役割および習得すべきスキルに関する指標です。DX推進スキル標準について、詳細は以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。DX推進スキル標準とは?必要性、5つの人材類型、活用イメージ「ビジネスアーキテクト」になった理由「アーキテクチャ(Architecture)※」という言葉に馴染みがないと、「DXリーダー」や「プロジェクトマネジャー」といった位置付けに当たる人材だとイメージしてしまう方も少なくありません。経済産業省は、DXを推進するために不可欠とされる人材類型の1つとして「ビジネスアーキテクト」を置いた理由について、以下2つの側面から語っています。1つ目の側面は、「ビジネスそのものの変革の実現を導く人材」の必要性です。DXを推進する人材としては、しばしばデータやデジタル技術に関する専門的な知識・スキルを持つ人材が想起されます。もちろん、こうした人材も重要ですが、データやデジタル技術の活用の先にある、ビジネスそのものの変革の実現を導く人材も必要であるとの考えを示しています。2つ目の側面は、「ビジネス」と「アーキテクチャ」に込められた意味合いです。この人材類型は、新たな目的を設定し、その実現に責任を持ちます。この新たな目的を達成するためには、多様な手段で仕組みを設計しなければなりません。その中で、主としてビジネスに関する仕組みを設計する人材として「ビジネスアーキテクト」の名称が採用されたという経緯があります。※建築物・建築術・建築様式・構造・構成などの意味を持つ英単語。本来は建築における建築様式や工法、構造などを表す言葉だが、IT分野ではコンピュータ・ソフトウェア・システム、あるいはそれらの構成要素などにおける基本設計・共通仕様・設計思想などをさすことが多い。個別の具体的な製品の仕様や実装などではなく、抽象的もしくは基本的な構造や設計・動作原理・実現方式などを表すことが多い。ビジネスアーキテクトが活躍する場面主な活躍の場として想定されているのは、具体的なデータやデジタル技術を用いたプロジェクト(特定の製品、サービス、業務などの個別の領域を対象としたもの)です。DX推進スキル標準においては、ビジネスアーキテクトは経営層レベルの責任を持つ人材として想定されておらず、全社的な取り組み(例:DX推進のための組織体制の構築や人材育成など)は、彼らの主な活動範囲外とされています。しかし、DXの取り組みを進める中で、全社的な組織能力に関する問題点を経営層に提起するスキルを持っておくことが望ましいとされています。ビジネスアーキテクトは育成を強化したいロールの第1位弊社(株式会社SIGNATE)では、DX人材の育成を重視している大企業(従業員数1,000名以上)の経営者・役員、人事/教育研修/デジタル戦略/DX推進担当者562名を対象に調査を行いました(2023年11月〜12月実施)。その結果、「DX推進スキル標準」が定める5つの人材類型のうち、育成を強化したいロールとして最も回答されたのは、ビジネスアーキテクト(23.7%)でした。DX推進においてビジネスアーキテクトの育成を強化したい理由として最も多かった回答は、「新規事業開発の加速に繋がるから(61.8%)」です。次いで、「技術と戦略の間の橋渡し役となるから(56.4%)」、「ビジネスプロセスの改善や効率化を客観的に行えるから(55.5%)」といった回答が多く寄せられました。そのほか、自由回答として「企業力を高めたい」や「顧客のニーズを明確化したい」といった回答も、ビジネスアーキテクトの育成を強化したい理由として寄せられています。本調査のレポートダウンロードはこちらビジネスアーキテクトに期待される役割期待されている具体的な役割としては、主に2つあります。1つ目は、デジタルを活用したビジネスを設計し、一貫した取組みの推進を通じて、設計したビジネスの実現に責任を持つことです。DXの取り組みにおいては、明確な目標を設定し、その目標達成のために一貫したプロセスを進めることが重要です。プロセスの中には、例えば、事業モデルの設計、事業プロセスの整備、適切な技術やツールの選定、仮説の検証、導入後の成果測定などが含まれます。ビジネスアーキテクトとしては、これらのプロセスを統括し、設定された目標を達成するために責任を持たなければなりません。また、データ構成の定義、技術やツールの最新動向調査、ビジネスとITの整合性を考慮したアプリケーションの設計、IT基盤の策定、セキュリティポリシーやモデルの定義など、技術面での幅広い設計にも関与します。こうした業務をスムーズに進めていくためには、必要に応じて技術的な専門スキルや知識を持つ人材と協力することが必要不可欠です。そして2つ目は、関係者をコーディネートし、関係者間の協働関係の構築を導くことです。DXの取り組みにおいては、全ての関係者が自分の専門分野でリーダーシップを発揮することが重要です。特にビジネスアーキテクトには、プロジェクトの目標達成に向けて、チームメンバーや関係者を適切に統率する役割が求められるでしょう。具体的には、リソースの確保、チームの構成、タスクの公平な割り振り、関係者間の意見調整や合意形成を進めることなどが主な役割です。これにより、DXプロジェクトがスムーズに進行し、目標達成に向けた協働が実現されます。本章の冒頭に示した図は、ビジネスアーキテクトと他の人材類型が連携して進める業務の一例です。どちらかがどちらかに指示(依頼)をするといった形ではなく、様々な場面で複数の類型が協働関係を構築します。別の人材類型との連携例一例として、ビジネスアーキテクトが別の人材類型である「サイバーセキュリティ」と連携するケースを挙げると、コストとリスクのバランスを考慮したうえでプロダクトに潜むリスクへの最適な対応策を検討したり、そのリスクに応じた新たなルールを検討したりといった業務を進めていくことが想定されています。これにより、キュリティ面でのリスクを最小限に抑えつつ、効率的なビジネス運営を目指していくことが可能です。DX推進スキル標準におけるサイバーセキュリティとは、デジタル活用に伴うサイバーセキュリティリスクの抑制にあたる人材であると定義されています。詳細については以下の記事で解説しておりますので、連携をより良くしていくためにご確認ください。DX推進スキル標準のサイバーセキュリティ|役割、業務、必要なスキルビジネスアーキテクトのロールごとの責任・業務・スキル続いて、責任・業務・スキルについて、3つのロールに分けて順番に取り上げます。新規事業開発まずは、新規事業開発のロールを担うために不可欠とされる責任・業務・スキルを順番に紹介します。責任このロールでは、新しい事業や製品・サービスの目的を見つけ出し、それを実現する方法を策定する責任があります。さらに、関係するチームや人材を適切にコーディネートし、彼ら間の協力関係を構築することも重要です。このロールでは、定義した目的に向けたプロセスを一貫して推進し、最終的に目標を達成することが求められます。業務このロールで手がける主な業務は、以下のようなものです。社内外の状況、社会の動向、顧客やユーザーのニーズ、技術のトレンドを考慮し、新たな事業や製品・サービスの目的を明確に定義して、その目的を実現できる事業モデル・プロセスを設計し、必要な技術・ツールを選定する。新製品やサービスの実現可能性や提案されたソリューションの有効性を評価し、それを基に事業計画を策定する。ソリューションの要件を詳細化し、実現までの責任を負う。顧客やユーザーからのフィードバックとKPIをモニタリングして、プロセスやソリューションの収益性を向上させるための施策を継続的に検討・実行する。新製品やサービスの開発の初期段階から効果検証まで、必要なリソースの確保、チームの組成、タスクの適切な割り振り、関係者間の合意形成の促進など、関係者全体の調整を担う。スキルこのロールを担うために特に必要だと考えられている(特に重要度が高い)のは、以下の分野に関するスキルです。スキル項目内容ビジネス戦略策定・実行ビジネス戦略を策定し、商品・サービスのマネジメントにつなげられるスキルプロダクトマネジメント商品・サービスが顧客に対して提供できる価値を明確にし、価値提供による収益を上げる方法を実現できるスキル変革マネジメントDX推進にあたって障害となる文化・組織体制を明確にし、対策を検討できるスキルシステムズエンジニアリング複数の要素の相互関係を捉え、複数の専門領域にまたがる価値を最適化できる方法を検討するスキルエンタープライズアーキクチャ組織の事業・業務・データ・インフラなどの要素を整理し、階層構造化・標準化して全体を最適に調整できるスキルビジネス調査市場の規模・課題・トレンド・成長性を把握できるスキルビジネスモデル設計コスト構造・収益モデルを選定し、売上を生み出す仕組みを設計できるスキルコスト構造・収益モデルを選定し、売上を生み出す仕組みを設計できるスキルビジネスアナリシスプロダクトの提供に必要な工程・作業・現状・将来の姿を可視化できるスキル現状・将来を比較し、重要な要素を明確にできるスキル検証(ビジネス視点)開発したプロダクトの持続性・優位性を維持し、不要なコストの削減を検証できるスキル既存事業の高度化次に、既存事業の高度化のロールを担うために求められる責任・業務・スキルを順番に紹介します。責任このロールでは、まず既存の事業や製品・サービスの目的を再検討し、新たに定義します。この新しい目的に基づいて実現方法を策定し、それを達成すべく関係者間の協力を促進し、コーディネートすることが求められます。具体的には、プロジェクトの目標達成に向けて関係者との連携を取りながら、一貫性のあるプロセスを推進し、最終的に定めた目的を達成することが責務となります。業務このロールで手がける主な業務は、以下のようなものです。社内外の状況、社会的な動向、顧客やユーザーのニーズ、技術のトレンドを考慮し、既存の事業や製品・サービスの目的を再評価し、実現に向けたビジネスプロセスの設計や、適切な技術やツールの選定を行う。既存の製品やサービスの実現可能性を検証し、ソリューションの有効性を評価した後、事業計画の見直しを行い、ソリューションの要件の詳細化からその実現に責任を持つ。顧客やユーザーからのフィードバックとKPIをモニタリングし、プロセスやソリューションの収益性を高めるための改善策を継続的に検討・実施する。計画の初期段階から効果検証まで、関係者全体の調整を担う。スキルこのロールを担うために特に必要だと考えられている(特に重要度が高い)スキルは、前述した新規事業開発の場合と同様なので、ここでは割愛します。新規と既存の違い新規事業開発とは、データやデジタル技術を駆使して、市場にまだ存在しない製品やサービスを提供することです。例えば、タクシー会社が新たにタクシー配車プラットフォームを開発し、それを他社や個人タクシー業者にも提供することで、プラットフォーム利用料から新しい収益を得るというケースがあります。一方で、既存事業の高度化とは、既に市場にある製品やサービスの価値を、デジタル技術やデータ活用によって高めることをさします。例としては、食品メーカーが特定のフレーバーを好むターゲットマーケットを特定し、その市場向けに商品を効果的に流通させ、デジタルマーケティングによる販売促進を行うことが考えられます。新規事業開発は、既存事業の高度化と比べると、何もないところからビジネスの可能性を見出して目的を定義しなければならない分、難易度の高いロールだと言えるでしょう。社内業務の高度化・効率化最後に、社内業務の高度化・効率化のロールを担うために必要な責任・業務・スキルを順番に紹介します。責任このロールでは、まず社内業務の課題を特定し、それらを解決できるような具体的な目標を定めます。その後、目標達成のための方法を策定し、関連するスタッフや部門と協力し、彼らの協働を促進することが求められます。このプロセスを通じて、定められた目標に向けて一貫した取り組みを推進し、最終的には目的を達成する責任を持ちます。業務このロールで手がける主な業務は、以下のようなものです。社内での業務に関する問題点を特定し、それらを解決する目的を設定し、データやデジタル技術を利用した新しい業務プロセスの設計や、その実行に必要な技術やツールを選定する。新しい業務プロセスが課題を解決できるか、その有効性を検証し、事業計画の策定やソリューションの要件定義、実装を行う。顧客からのフィードバックやKPIをモニタリングし、プロセスの収益性向上やコスト削減などの改善策を継続的に検討し、実行する。企画段階から効果検証まで、関係者全体の調整を担う。スキルこのロールで特に必要だと考えられている(特に重要度が高い)のは、新規事業開発のロールで紹介した「変革マネジメント」のスキルです。まとめ本記事では、DX推進スキル標準が定義する「ビジネスアーキテクト」について、役割や業務内容、活躍するために必要なスキルなどを幅広く紹介いたしました。ビジネスアーキテクトは先進的な大企業のみで求められているわけではなく、DXを進めるべき企業、つまり企業規模に関わらず日本の全ての企業において必要な人材です。とはいえ、こうした人材は簡単に見つかるものではありません。採用に頼るだけでなく、社内・社外での研修・教育ツールなどを通じて育成していくことが効果的です。まずはビジネスアーキテクトを含め、自社のDX推進にはどのような人材が求められるのかを明確に定義するところから始めましょう。また、弊社では『SIGNATE Cloud』というデジタルスキル標準に完全対応で、DXスキルアセスメントから自社ケースの実践まで、学びと実務が一体となった教育プラットフォームを運営しています。『SIGNATE Cloud』は人材の発掘から座学、そして学んだことを実際の業務につなげることが可能です。ビジネスアーキテクトの養成も図れますので、ご興味のある企業様はお気軽にお問い合わせください。