2023年11月、経済産業省は「DXセレクション2024」の選定に向けて募集を開始したことを発表しました。DXセレクションは、デジタルガバナンス・コードに沿った取り組みを通じてDXで成果を残している、中堅・中小企業等のモデルケースとなるような優良事例を選出するものです。今年度は、さらなるDXの推進を図るため、地方自治体や経済団体、金融機関など幅広い関係機関からの推薦を受け付けていました。応募の期限は2024年1月19日(金)でした。本記事では、DXセレクションとはどういった制度なのか、選ばれるメリットや募集対象、審査の項目・ポイントを中心に解説します。2024年2月現在「DXセレクション2024」の募集は終了していますが、来年度の応募を検討している方はぜひ本記事をご覧ください。DXセレクションとは?DXセレクション(DX Selection)とは、DXに取り組む中堅・中小企業等のモデルケースとなるような優良事例を経済産業省が選出して紹介するものです。かねてより経済産業省は、企業のDX推進を支援するために、経営者に向けたデジタルガバナンス・コード(※)を公開し、DX銘柄・DX認定制度などの施策を展開してきました。特に上場企業を対象としたDX銘柄の選定では、DXの推進を図りつつ、好事例の紹介も行ってきました。しかし、上場企業の大部分を大企業が占めているため、中堅・中小企業等においてDX実現に向けたアプローチを考える際に、これらの好事例を参考にしにくいという問題が生じていたのです。上記の問題に対応するため、経済産業省では、2021年度から中堅・中小企業を対象にした「DXセレクション」の取り組みを開始し、中堅・中小企業にとって模範となるような優良なDX事例を選出・公表しています。ここでは、優良事例の選出・公表を通じて地域内・業種内における横展開を図り、中堅・中小企業等におけるDX推進や各地域での取り組みの活性化につなげていくことが目指されています。(※)企業のDX推進に関する自主的な取り組みを促すべく、デジタル技術による社会変革を踏まえた経営ビジョンの策定・公表といった経営者に求められる対応をまとめた資料デジタルガバナンス・コードの詳細は以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。デジタルガバナンス・コード|最新の2.0と実践の手引き2.0も解説DXセレクションのメリット経済産業省からDXセレクションにおける優良事例に選出されるメリットには、以下のようなものが挙げられます。ブランド力や認知度の向上DXの成果を整理できる社内のモチベーション向上それぞれのメリットを順番に解説します。ブランド力や認知度の向上DXセレクションに選出されると、経済産業省のホームページにて自社のDXに関する取り組み内容がレポートの形で公開されます。報道機関でも取り組みが紹介されることがあり、企業のブランド力や認知度の向上につながる可能性があります。企業のブランド力や認知度が向上すると、自社のプロダクトに付加価値が生まれるため、コスト抑制や商品価格の引き上げなどにつながります。また、ブランドイメージ向上により、プロダクトに対する顧客の信頼感・満足度が高まり、リピーターや口コミでの認知拡大も期待できるでしょう。DXの成果を整理できるDXセレクションとして選出されるためには、DX推進に取り組める体制が整備されており、なおかつDXによる成果が表れている企業である必要があります。このことを示すために、DXセレクションへの応募にあたっては、DX認定レベルをチェックする調査項目への回答および、地方公共団体や経済団体といった関係機関からの推薦が不可欠です(応募の時点でDX認定を取得済みの企業は除く)。DX認定制度の詳細は、以下の記事で解説しています。DX認定制度とは?メリットや認定基準、申請の流れを解説したがって、DXセレクションへの応募は、結果的に自社のDXの取り組みに関する成果を整理するきっかけとなります。DXの成果を整理することで、今後の目的や残された課題を再確認でき、さらなる成果の獲得につなげることが可能です。社内のモチベーション向上企業がDXを推進するために欠かせないものに、ロードマップが挙げられます。ここでいうロードマップとは、企業がDXを実現するための戦略・計画をまとめた枠組みのことです。期間が長期におよぶプロジェクトでは、ロードマップ内にマイルストーンとして中間地点での細かい目標を設定します。マイルストーンの設定した期間までに達成可能な目標を設定し、実際に達成することで、長期におよぶDX推進プロジェクトに携わるメンバーのモチベーションを維持しながら着実に目標達成を目指していくことが可能です。そこで、ロードマップ内にマイルストーンとして「DXセレクションへの選出」を置くことで、その成果の達成に向けてメンバーの意識を統一させられます。そのうえ、DXセレクションへの選出を受けた際は、次なる目標達成までのモチベーションを維持する役割を果たしてくれるでしょう。DX推進で欠かせないロードマップについて、詳しく知りたい場合は以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。DXを推進するためのロードマップの作り方、ポイントを解説!DXセレクションの応募対象とエントリーここまで、DXセレクションの概要やメリットを紹介しました。実際にDXセレクションとして選出を受けるためには、応募対象やエントリーの方法を把握しておく必要があります。本章では、DXセレクションの応募対象とエントリーについて知っておくべき情報を紹介します。なお、ここで取り上げる情報は、あくまでも「DXセレクション2024」の内容であり、今後変更される可能性がある点にはご注意ください。応募対象DXセレクションの応募対象は、以下のとおりです。DXに取り組み、成果をあげている日本全国の中堅企業・中小企業等(※)ここでいう中堅企業・中小企業等とは、「資本金の額または出資の総額が10億円未満の法人並びに常時使用する従業員の数が2,000人以下の法人もしくはそれに相当する規模の事業者」をさします。なお、新たな優良事例を発掘し公表することでさらなる DXの推進および各地域での取り組みの活性化につなげる目的のもと、前年度までの選定企業はその年度の選定対象外とされています。また、「DXセレクション2023」までは「地方版IoT推進ラボ」に参画している中堅・中小企業等の中から、各ラボが推薦する企業のみが選定対象とされていました。しかし、日本全国におけるさらなるDX推進を図るために、この条件は「DXセレクション2024」では撤廃されています。エントリーDXセレクションのエントリー方法および提出が必要となる書類は下表のとおりです。エントリー方法提出が必要な書類DX認定を取得済の企業自薦・他薦のいずれも可能2と3(他薦の場合、1の様式を使用)DX認定が未取得の企業他薦のみ可能1と2と3以下に具体的な提出書類をまとめました。DX セレクション2024 応募用紙(選択式項目①)DX セレクション2024 応募用紙(選択式項目②)+財務指標DX セレクション2024 応募用紙 (記述式項目)なお、関係機関からの他薦を受けて応募する場合、推薦者自身が記載するコメントが必要です(推薦コメントの内容については審査に影響しません)。また、DXセレクションのエントリーには、必要となる提出資料内のすべての項目に回答する必要があります。エントリー方法の詳しい内容は応募要領をご確認ください。参考:経済産業省「DX セレクション 2024 応募要領」2023年11月DXセレクションの審査項目とポイントDXセレクションの選定を受けるためには所定の審査基準を満たす必要があるため、申請前に審査項目を把握しておくことが大切です。DXセレクションの審査項目はデジタルガバナンス・コードの内容に沿って設けられているため、これを理解することが求められます。ここからは、経済産業省が公開する資料をもとに、DXセレクションの審査項目と各ポイントについて解説します。なお、前章と同じく、取り上げる内容は「DXセレクション2024」時点の情報で、将来的に変更が加えられる可能性がある点は留意しておきましょう。①ビジョン・ビジネスモデル企業は、事業運営とITシステムを一体として考え、デジタル技術が社会や競争環境にもたらす変化を理解した上で、経営のビジョンを明確に定める必要があります。そのうえで、ビジョンを実現するための新しいビジネスモデルを設計し、これらを価値創造の物語としてステークホルダーに伝えていくことが重要です。この考えのもと、審査ポイントとして以下のようなものが設けられています。経営者が具体的な経営ビジョンを描き、それを役員や従業員だけでなく顧客や社外のステークホルダーにも伝えているか経営ビジョンが自社の強みを生かし、価値を向上させるものであるか経営ビジョンを達成するために、どのようにビジネスモデルやプロセスを変革すべきかを検討して策定されているか新しいビジネスモデルの創出やビジネスプロセスの変革に向け、デジタル技術をどのように活用するかが明確であるかDXの取り組みが自社内に留まらず、地域や社会全体にも良い影響を与えるような内容になっているか②戦略企業は、社会や市場の変動を理解したうえで、目指すビジネスモデルを達成するために、デジタル技術を活用した戦略を立てるべきです。そのうえで、この戦略をステークホルダーに明確に伝えていくことが重要であると考えられています。この考えのもと、以下のような審査ポイントが設けられています。経営ビジョンやビジネスモデルを実現するために、DXを進める戦略が明確に策定されているか経営状況や事業運営の現状をデータで捉え、その分析結果を基に戦略が立てられているかデジタル技術の活用やデジタル人材の育成に関する中長期的な取り組みが、継続的な投資計画によって支えられているか②ー1.組織づくり・人材・企業文化に関する方策企業はデジタル技術を取り入れた戦略を進めるための体制を築き、そのうえで組織の構造や運営方法についてステークホルダーに明らかにしていくべきです。このときには、人材の育成・確保や外部組織との関係構築・協業なども大切であると考えられています。この考えのもと、審査ポイントとして以下のようなものが設けられています。DXを進めるために必要な自社の人材とスキルを見直し、外部の人材や企業を活用することを含め、継続的な人材育成と確保の計画を立てているか経営者がDX推進に向けて積極的な姿勢を見せ、DXを主目的とする部門や担当者を設定し、部門を超えた権限を与えるなど適切な体制を整えているか全社員がDXを自分事として捉え、積極的に挑戦し変革を推進できるような文化が根付いているか必要な投資に対して経営者が先導して取り組み、支援体制を整えているかデジタル技術に関する知識を持つ社員が能力を発揮できるような人材配置の仕組みを構築しているか②ー2.ITシステム・デジタル技術活用環境の整備に関する方策企業は、デジタル戦略を成功させるために必要なITシステムとデジタル技術の活用環境を構築するプロジェクトや管理策を明確にする必要があります。この過程では、使用する技術・適用する標準・アーキテクチャ・投資計画の詳細をはっきりさせ、これらをステークホルダーに伝えていくことが重要であると考えられています。この考えのもと、以下のような審査ポイントが設けられています。既存のITシステムが部門ごとに分断されて最適化されていないか、老朽化・複雑化して「技術的負債」化していないかDX戦略を推進するために、ITシステムの導入や更新に向けた明確なロードマップが策定されているか③成果と重要な成果指標企業は、デジタル技術を取り入れた戦略の成果をどの程度達成しているかを判断するための指標を設定し、その指標に基づいた成果をステークホルダーに向けて自己評価として報告することが大切です。この考えのもと、審査ポイントとして以下のようなものが設けられています。企業がDX戦略の進行状況を把握・管理するため、自社に合った定量的・定性的な指標を設け、これらの指標に基づいた自評を行っているかその結果を役員、従業員、顧客、外部ステークホルダー等に適切に公開しているか④ガバナンスシステム経営者はデジタル戦略を推進する際に、積極的にリーダーシップを取り、ステークホルダーへの情報共有も積極的に行うべきです。事業部やIT部門と連携し、デジタル技術の最新動向や自社のITシステムの現況に基づいた課題を特定し、戦略の更新に生かすことも重要です。また、サイバーセキュリティのリスク管理にも十分注意し、事業の成功を支えるための適切な対策を講じる必要があります。こうした考えのもと、以下のような審査ポイントが設けられています。経営者がDXの推進に関して積極的にステークホルダーへメッセージを発信し、DX推進担当部署や担当者と協力して、変革を効果的にリードしているかITシステムの開発や導入に際して、経営層と事業部門が単にITベンダーに依存するのではなく、自らも積極的に関与し、プロジェクトを進めているかDX推進にあたり、設備の停止や情報漏洩などのリスクに対するセキュリティ・プライバシー対策を経営者が深く理解し全社で対策を進めつつ、これらの取り組みを社内外にしっかりと伝えているか参考:経済産業省「審査項目及び審査のポイント」2023年11月DXセレクション2023の事例本章では、DXセレクション2023(公募期間:2022年11月22日~2023年1月20日、選定結果公表:2023年3月16日)において「グランプリ」および「準グランプリ」に選出された企業の概要や取り組み事例を紹介します。グランプリグランプリに選出されたのは、株式会社フジワラテクノアート(醸造機械・食品機械・バイオ関連機器製造業/岡山県岡山市)です。岡山県IoT推進ラボから推薦されています。「喜びと感動の価値」提供を企業理念に、醤油・味噌・日本酒・焼酎などの醸造食品を製造している会社です。DXの取り組み概要は以下のとおりです。取り組み概要補足DXによって実現したい経営ビジョン・ビジネスモデル「醸造を原点に、世界で『微生物インダストリー』を共創する企業」として、「微生物のチカラを高度に利用するものづくり」をさまざまなパートナーと共創し、心豊かな循環型社会に貢献する。デジタル人材の確保に向けた取組・デジタル技術活用の取組部門横断の委員会にて自社主導でDXにチャレンジし、システム構築・運用をやり切ることで手ごたえを感じ、必要なスキルを自発的に学んだり資格試験にチャレンジしたりして従業員のデジタルスキルが向上した。これに啓発された他の社員もスキル向上を目指し、デジタル人材増加の好循環が生まれた。基幹システムの刷新等により全工程が進化し、情報セキュリティ強化、人材・スキル向上などを実現した。成果業務プロセスと進捗の可視化による効率的な製造、工数・事務作業・ミスの削減、メンテナンス用部品の納期短縮、紙の使用量削減、デジタル人材の教育などさまざまな成果を出している。準グランプリ準グランプリに選出されたのは、以下の2社です。株式会社土屋合成(プラスチック製品製造業/群馬県富岡市) ※推薦:群馬県IoT・AI推進研究会グランド印刷株式会社(印刷業/福岡県北九州市)※推薦:北九州市IoT推進ラボ土屋合成は、プラスチック射出成形品加工メーカーで精密機構部品・時計の外装部品などを製造しています。グランド印刷は、シルクスクリーン印刷・デジタルプリントを主体とした印刷会社です。土屋合成によるDXの取り組み概要は以下のとおりです。取り組み概要補足DXによって実現したい経営ビジョン・ビジネスモデル「24時間停まらない工場」かつ新たなビジネスモデルの創出に向けて、製品すべてのトレーサビリティをデジタル技術で自動で取得する新たな製造システムを構築している。デジタル人材の確保に向けた取組・デジタル技術活用の取組データを必要なときに、部門を超えて全社で最適に活用できるようにした。 ビジョン実現に向けた変革に対して、ITシステムおよびITシステム部門・担当者がスピーディーかつ的確に対応できるようになっている。成果売上高がコロナ禍以前と比べて約120%に向上し、過去最高益を記録した。デジタル技術を活用し、少ない人員でも365日24時間、効率的なものづくりができる仕組みを作った。その効率化で生まれた余剰リソースを生かし、新製品の試作・量産化に取り組むことで、付加価値の高い製品の生産へと転換した。グランド印刷によるDXの取り組み概要を下表にまとめました。取り組み概要補足DXによって実現したい経営ビジョン・ビジネスモデルデジタルによってシナジー効果が期待できる各事業を1つに統合して、互いに連携して理念や価値観でつながった「連邦多角化経営」を目指す。従業員の自己実現に向けて楽しく仕事ができる職場環境や物心共の豊かさを追求する。デジタル人材の確保に向けた取組・デジタル技術活用の取組社内業務の効率化・省力化や顧客視点でのサービス改善において、自ら問題を発見し改善案の指示を出せる人材を「DXプロデューサー」と定義し、社内で育成している。各従業員に応じて学びを計画的に進めていくプロジェクトを立ち上げる。自社開発のオリジナル基幹システムとWebサイトや各種Webサービスを連携させた社内ITシステムで情報共有している。成果年に2~3個の新規事業が立ち上がり、それらを育てながらデジタル技術によって既存業務の効率化・省力化を行う企業風土となった。子育てしながらも働きやすい会社となり女性従業員が全体の75%になった。コロナ禍でも年間7,000社の顧客獲得に成功した。既存業務の落ち込みを新規ビジネスで補い、過去最高売上を3年連続更新している。参考:経済産業省「DX Selection2023」まとめDXセレクションとは、DXに取り組む中堅・中小企業等のモデルケースとなるような優良事例を経済産業省が選出して紹介するものです。DXセレクションに選出されることで、企業のブランド力や認知度、社内のモチベーション向上につながったり、DXの成果を整理できたりするメリットが期待できます。DXセレクションの応募対象は、DXに取り組み、成果をあげている日本全国の中堅企業・中小企業等です。以前は「地方版IoT推進ラボ」に参画している中堅・中小企業等の中から、各ラボが推薦する企業のみが選定対象とされていました。しかし、日本全国におけるさらなるDX推進を図るために、今年度はこの条件が撤廃されており、選定対象が拡大されています。DXセレクションでは、中堅・中小企業DXの優良事例を選定・公表しています。どのような取り組みで成果を出しているのかチェックできるため、自社における今後のDXの取り組みの参考としても活用できるでしょう。