近年、DXという言葉は当たり前に使われるようになっています。日本では経済産業省がDXの必要性をガイドラインで定めており、注目度が高まっています。DXをビジネスにおいて推進するうえで役立つツールの一つに、AI(人工知能)があります。AIをうまく活用すれば、これまでにない革新的なサービスや顧客体験を生み出せたり、精度の高い作業を実現できたりするでしょう。本記事では、DXとAIの関係性や、DX推進にあたって効果的にAIを活用するポイント・注意点などを分かりやすく解説します。実際にDX推進においてAIを活用している企業の事例も紹介していますので、今後のDX戦略を策定するうえでお役立てください。DXとAIの関係性AI(人工知能)は、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するうえで有効なツールの一つとして広く認識されています。多くの人は、AIを利用することで従来の技術では不可能だった革新的な取り組みを行えると期待しています。しかし、AIの導入そのものが、必ずしもDXを成功させるカギになるとは限りません。AIは機械学習などを含むAI関連技術の総称であり、デジタル技術領域の一つです。AI以外にDX推進を支えるデジタル技術には、IoT、5G、ビッグデータ、ロボット、RPA、クラウド(クラウドコンピューティング)などがあります。「AIがDXそのものである」というわけではなく、「DXを推進するための有力なツールである」と理解することが重要です。AIを導入したとしても自動的に効果が得られるわけではなく、どのような場面でAIを活用するかが重要です。AIはDX推進するうえで役立つツールの一つであるものの、万能ではないということを認識して適切に活用することが、DX成功のカギだと言えます。AIとはAIとはArtificial Intelligenceの略で「人工知能」と訳されます。多くの人が「人間の脳と同様に機能するもの」と誤解していますが、現在の技術水準では人間の脳を完全に代替するような高度なAIは存在しません。現時点でのAI技術は、あくまでも人間が行うような繰り返しの学習とその学習結果の応用を模倣するものです。AIは人間の脳の複雑さや柔軟性には及びませんが、特定のタスクにおいては高い効率と精度を実現しています。AIは、大まかに「特化型AI」と「汎用型AI」という2つのカテゴリーに分類されます。「汎用型AI」とは、人間のように幅広い知識と理解力を持つ、高度に発達したAIのことです。現時点では理論上の概念であり、実際にはまだ存在していません。現在私たちが日常的に目にするAIはほとんどが、「特化型AI」に属します。このタイプのAIは特定のタスクや目的に特化して設計され、その領域での処理や学習に優れています。例えば、音声認識、画像分析、データ予測など、特定の機能を効果的にこなすAIがこれに該当します。下表に、AIにできることとして代表的な内容をまとめました。AIにできること補足音声認識話された言葉をテキストデータに変換する技術のこと。コンピュータが音声を波形として捉え、それを解析して文字に変換する。この変換過程により、音声から得られた情報をテキストデータとして利用することが可能。コンタクトセンターでの応用が一般的。画像認識カメラに映った物体や人物を識別・分類する技術のこと。AIが画像から特徴を抽出し、それを学習済みのデータベースと照合して、画像内の物体を識別する。デジタルカメラの顔検出機能が典型例。AIを用いることで、帽子やマスクをしている人の顔も正確に認識できる。自然言語処理私たちが日常的に使う言葉をコンピュータが理解し処理できるようにする技術のこと。人間の言葉には多様な表現が存在し、同じ意味でも異なる言い方ができるため、コンピュータにとっては理解が難しいが、AIは膨大なデータと文脈を分析することで、このような言語の曖昧性を克服して意味を理解できる。異常検知機械やシステムの通常の動作パターンを学習し、そのパターンから逸脱する異常や予兆を識別する技術のこと。通常時のデータと比較して大きく異なるデータが検出された場合、問題があると判断する。工場の機械や自動車の制御システムなど、多くの場面で応用されている。検索・探索一定の条件やルールのもとで、最も適した結果や解答を見つけ出す処理方法のこと。さまざまな可能性を検討し、最適な手を探索する能力を駆使して開発されている。予測現在のデータを基にしてさまざまな変数や条件を加え、未来の状況を予測する機能のこと。株価の動向予測や、ECサイトの受注予測など、多くの分野で役立てられている。データ分析を通じて、将来のトレンドや需要を見極められるため、ビジネス戦略の立案に大きな助けとなる。このように、学習能力と判断能力を備えたAIはさまざまなことを可能とします。DXでAIは重要な技術DXを成功させるうえでさまざまな効果をもたらすことから、AIは重要な技術と考えられています。ここでは、DX推進にAIを活用するメリットとして、代表的な5つの内容をピックアップし、順番に解説します。顧客体験の向上AIを用いた高度な分析により、ユーザーの要望や利便性を深く理解できるようになります。それをもとに、顧客に対して新たな価値を提供していくことが可能です。例えば、最新のスマートフォンに組み込まれている顔認識機能は、セキュリティを強化するという新しい価値をもたらしています。また、通販サイトではAIが顧客の好みに合わせた商品を推薦することで、より良い購買体験を実現しています。これらの例から、以前には難しかった高度な処理や機能の追加が、顧客に新しい利点を提供していることが分かります。高精度な作業が可能AIの強みの一つに、高精度なデータ処理能力があります。大量のデータを迅速かつ正確に処理することで、企業はより洗練された意思決定を行うことが可能です。AIの高度なデータ処理能力により、エラーの削減や品質向上も期待できるでしょう。精度の高い予測が可能数ある作業の中でも、高精度な予測ができるようになる点は、AIの大きな魅力です。AIの活用により、人間の手では処理しきれない大量のデータ(過去のデータ、現在進行形の情報も含む)を効率的に分析し、未来の行動やトレンドを予測できるようになります。特に最近では企業によるデータの活用が盛んになっているため、データの量と種類が飛躍的に増加しています。データ量が増加すると、人の手による処理が困難になるでしょう。しかし、AIを使用すれば、これらの大量データを高い精度で分析できるため、企業は価値ある情報を抽出し、新しいビジネスチャンスを掴めるようになります。省力化が図れるAIを導入することで、これまで人間が行っていた作業を機械に任せられる(自動化できる)ようになり、作業の効率化および省力化が実現します。例えば、商品の仕分け作業をAIによる自動化システムに置き換えることによって、人手による作業負担を大幅に軽減することが可能です。これにより、作業員はより重要な業務に集中できるようになり、全体の作業効率も向上します。AIの導入により、単純作業を自動化することで、人間の担うべき判断や創造的な作業により多くの時間を割くことが可能です。参入障壁になるデータの蓄積には多くの手間・時間がかかるため、新規参入企業がデータ量で既存企業に匹敵することは難しいです。そのため、既存企業がAIを使って蓄積したビッグデータを分析し、サービスを強化することは、新規参入企業にとって大きな障壁となります。ビッグデータをDX推進で活用するメリットは他にもあります。また、そもそもビッグデータがどういったものか改めて整理しておくことも有用です。以下の記事でビッグデータについてまとめていますので、併せてご一読ください。ビッグデータとは?DX推進に活用するメリット・デメリットまた、AIを高度に扱える専門人材は市場で貴重な存在であり、こうした人材を抱えておくことも他社による新規参入の障壁として機能するでしょう。もしも自社にAIを効果的に活用できるリソースがあるならば、AIを取り入れたDXを積極的に進めることが望ましいです。なぜなら、競争力の向上や市場での優位性を確立することが容易になるためです。DXでAIを活用するポイント本章では、DX推進にあたってAIを効果的に活用するために押さえておくべきポイントとして、代表的な3つの内容をピックアップして順番に解説します。AIとDXに精通する人材の獲得・育成DX推進においてAIを有効活用するためには、AI技術を理解し、ビジネスに応用できる人材が必要不可欠です。人材の確保の手段には、新卒・中途採用、社内教育、社外のパートナー企業との協力などがあります。ただし、DXを成功させるためには、単純にAI技術を扱えるだけでなく、ビジネスに役立てる能力やDXを推進できる能力を備えた人材が求められます。組織のニーズに合わせて、最適な人材やチーム構成を考えることが重要です。これにより、AI技術を活用したビジネス変革の実現が目指せるでしょう。弊社では『SIGNATE Cloud』という、全社的なDXリテラシーの底上げから、DX推進人材の発掘・育成、AI実装に至るまで、デジタル変革をトータルにサポートするDX教育サービスを提供しています。『SIGNATE Cloud』は座学だけでなく、学んだことを実際の業務につなげることが可能な実践的なDX人材育成プラットフォームであることが特徴です。ご興味のある企業様はお気軽にお問い合わせください。データの取得・保有・管理DX推進にあたってAIを効果的に活用するためには、データの取得およびその質の向上が重要です。AIに必要なデータが不足している場合、まずはデータの収集から始めましょう。AIに任せるタスクに応じて、必要となる種類のデータは異なりますが、認識や予測の精度を高めるためにはデータの質を上げることが必要です。つまり、データをAIが分析しやすい形に整備することが求められます。例えば、工場のIoTセンサーから得られるデータには、しばしば異常値が含まれています。AIは人間と異なり、異常値もそのまま学習してしまうため、不要なデータを取り除き異常値の原因を特定することで、データの品質を向上させなければなりません。さらに、データの利用効率を高めるために、必要なときに必要な量のデータが使えるよう管理することも大切です。「どのデータをどのように使用するか」「どの部門がどのデータにアクセスできるか」など、慎重にデータの管理計画を立てることが求められます。明確な目標設定と継続的な改善現時点では、AIに対して完璧な精度を期待することは難しいです。そのため、どの程度の精度であれば業務に適用できるのか、事前に基準を設定しておくことが重要です。既存業務をAIに置き換える場合、現在の業務の精度を比較基準にするのが一般的です。新たな業務・取り組みにAIを活用する場合は、ユーザーからのアンケートによる満足度調査などで精度を判断するのも効果的です。AIの精度は、アルゴリズムの調整や学習データの選択によって大きく変動します。目標精度を達成するまで、継続的な改善作業が求められることが多いですが、どれだけ努力しても精度が向上しない場合もあります。無駄な時間とリソースの浪費を避けるためには、プロジェクトからの撤退条件も事前に設定しておくことが賢明です。DXでAIを活用する注意点DX推進におけるAIの活用で失敗しないためには、注意点を把握し実践することが大切です。本章では、DXでAIを活用するうえで知っておきたい注意点として、代表的な3つの内容をピックアップし、順番に解説します。使用するデータの確認DX推進にAIを活用する場合、使用するデータの品質に注意を払う必要があります。データの精度が低いと、AIによって導き出される結果の精度も低下し、誤った意思決定につながるリスクが高まります。データの品質を高く維持するためには、以下のような工夫を講じることが大切です。データ量の増加: データ量が少ないと、信頼できる結果を得ることが難しい不正確なデータの排除: 誤った情報があると、AIの分析結果を歪める原因となる欠損値の補完: 欠損値を適切に処理・補完することで、データセットの完全性を高められるこれらのステップにより、AIの精度を最大限に高めることが可能です。データの量と質を念入りにチェックすることが、DX推進でAIを効果的に活用するためのカギと言えます。セキュリティー対策を行うAIを活用する際には、「ビッグデータ」と呼ばれる膨大なデータ群が必要不可欠です。ビッグデータには顧客情報のような機密データも含まれることが多く、セキュリティ対策が極めて重要です。セキュリティ対策が不十分な場合、サイバー攻撃により機密データが盗まれる危険があります。AIを導入する際は、データ保護のためのセキュリティ対策をしっかりと考慮・実施することが重要です。これにより、データの安全性を保ちつつ、AIの分析能力を最大限に活用できます。プライバシーの保護AIを活用したデータ分析によって、精度の高い提案や予測が可能です。しかし、ユーザーが登録したプライベートな個人データを取り扱う際は、プライバシー保護への配慮に注意する必要があります。AIを利用する際は、ユーザーの同意を明確に得て、ユーザーのプライバシーと信頼を尊重することが不可欠です。DXでAIを活用した事例DX推進におけるAIの活用について、具体的なイメージを抱くのは難しいものです。そこで本章では、実際にDX推進にあたってAIを活用した企業の事例を5つ紹介します。三井住友海上火災保険株式会社三井住友海上火災保険は、デジタル人材不足の課題を新たなアプローチで乗り越えている好例といえる企業です。三井住友海上火災保険ではDXを全社的に推進しており、損保業界を常にリードし続けています。こうした同社の取り組みの1つに、損保業界で初めてAIを搭載した代理店営業支援システム「MS1 Brain」を導入したことが挙げられます。「MS1 Brain」は、保険代理店向けに提供している業務支援システム「代理店MS1」の追加機能として、2020年2月より提供が開始されました。過去7年間の契約情報や顧客情報などをAIが分析し、「どの顧客に、どのタイミングで、どんな商品を提案するべきか」を代理店の営業担当者に提案することが可能です。導入効果は早々に表れ、それまで代理店の営業担当者の経験や勘・活動量に頼っていた営業活動が、MS1 Brainの提案を取り入れることで効率的かつ効果的になり、よりパーソナライズされた顧客体験の提供を実現しています。三井住友海上火災保険では、近年、AIやデータサイエンスを活用した業務が増えてデータサイエンティスト以外の社員のレベルアップが急務となる中で、人財育成のためにSIGNATE Cloudを導入しています。三井住友海上火災保険株式会社|得た知識の最大化を図る"実践的な学び"が導入の決め手に!株式会社ファンケルファンケルは、DX推進にあたってデジタル技術を顧客体験の向上に役立てている企業として知られています。2022年9月、ファンケルは日本初、角層細胞をAIで解析するパーソナルカウンセリングサービス「AIパーソナル角層解析」を開始しています。所用時間は頬の一部分のメイク落としを含めた30分程度で、利用料金はかかりません。本サービスは、独自開発のAIにより「角層のかたち」と「肌の美しさに関するタンパク質(角層バイオマーカー)」を掛け合わせた解析で、5つの肌トラブル(乾燥、シミ、シワ、毛穴、くすみ)の根本原因を判定し、将来の肌悩みを予測するものです。本サービスが生まれた背景には、コロナ禍においてマスクによる肌荒れやニキビなど肌の不調に悩む人が増加し、「自分の肌状態をしっかりと知りたい」というニーズが高まったことが挙げられます。また、女性だけでなく、男性も自身の肌状態への関心を高めており、男性用の化粧品市場が拡大傾向にあることも、本サービスが生まれた要因の一つです。そのほかにも、ファンケルでは、ITシステムの大幅な刷新を中心とした「FITプロジェクト」を進めており、コロナ禍の間も堅調な業績を維持し続けています。DX推進にあたって、デジタル技術をビジネスプロセスの効率化やイノベーションに活用する企業の好例と言えるでしょう。なお、ファンケルはDX認定事業者に認定されている企業でもあります。DX認定制度について、詳しくは以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。DX認定制度とは?メリットや認定基準、申請の流れを解説参考:PR TIMES「ファンケル 日本初!(※)AIで角層を解析するパーソナルカウンセリングサービス「AIパーソナル角層解析」を全直営店舗で開始」2022年9月15日パナソニック株式会社パナソニック(パナソニックコネクト)は、デジタル技術を公共サービスの改善に役立てる形でDXを推進している企業です。パナソニックの「顔認証ゲート」は、日本人の出帰国手続きおよび外国人の出国手続きを合理化するプロダクトで、日本各地の空港で導入されています。顔認証技術の活用によって、空港の出入国手続きを効率化するだけでなく、利用者の利便性やセキュリティの向上にもつながっています。顔認証技術は、パナソニックのカメラの画像処理技術とディープラーニング技術の応用により、世界最高水準の評価を獲得しました。現在、顔認証技術は、空港だけでなく、鉄道・医療機関・薬局・警察などさまざまな分野で応用されています。参考:パナソニックコネクト株式会社「パナソニックの顔認証ゲート」 パナソニックコネクト株式会社「顔認証ソリューション」 セブン銀行セブン銀行では、大まかに2つの側面から、積極的にAI活用に取り組んでいます。1つ目はAI・データを用いて新たな商品・サービスを開発したり、潜在的なお客様のニーズを発掘したりして、収益の拡大につなげる「データビジネス」の領域です。セブン銀行だけでなく、セブン&アイ・ホールディングス全体にまで範囲を拡大して多様なデータを収集・活用し、さまざまな挑戦を続けています。2つ目は、AI・データによって社内のさまざまな業務を改革する「データ経営」の領域です。セブン銀行では、独自性を意識し、他の企業が実現していない新しい業務プロセスの構築を図っています。例えば、ATMの紙幣管理業務において、過去のATM利用実績データを分析してAIを構築することで、ATM内にある紙幣の増減を予測し、紙幣管理を最適化しています。そのほかにも、インドネシアでは、どのコンビニ店舗に優先的にATMを設置するのかを判断する際にAIを活用している状況です。LINELINEでは、2019年に「LINE Score」というサービスを開始しています。本サービスでは、AIがユーザーの属性に関する質問(例:家族構成、居住形態、勤務先、年収など)とLINE上の行動データをもとにスコアを算出しています。このスコアを使用して、ユーザーはローンの申請や割引クーポンの獲得などを行うことが可能です。本サービスは、AIを活用してビッグデータを効率的に分析することで、正確なスコアリングを実現すると同時に、作業の負担を削減しています。また、このスコアリングを利用して貸付ビジネスのような新規事業を立ち上げたことは、DXにおける革新的な取り組みと言えるでしょう。参考:LINE株式会社「LINE、「日常をちょっと豊かに」していく、独自のスコアリングサービス「LINE Score」を開始」2019年6月27日まとめ本記事では、DXを加速させるAIの活用に焦点を当てて、DXとAIの関連性やAI技術の基本的な概念、DXにおけるAIの実用例や導入する際の考慮点について解説しました。AI技術の進歩はビジネスに新たな可能性をもたらしますが、AIは万能な技術ではなく、その応用範囲には限りがあります。DXを推進する際には、AIの利用可能性を十分に理解したうえで導入を検討していくことが求められます。データ収集や目標設定、継続的な改善のほか、社内のAI人材の育成も進めながら、DX推進を成功に導きましょう。