日本では少子高齢化とそれに伴う労働力の減少が急速に進んでおり、企業が競争力を維持・向上させるためには、デジタル技術を活用して新しいビジネスモデルを創り出す「DX推進」の取組が不可欠とされています。しかし、DXを推進する過程で多くの課題が浮き彫りになっています。DX推進の課題の背景には、人材不足だけでなく、経営陣のコミュニケーション不足や古いシステムが残っていることなど、さまざまな問題が絡んでいます。こうした複雑な要因に対して、一つひとつ原因を理解して適切な対策を取ることで、DXの円滑な推進が可能になるでしょう。そこで本記事では、企業のDX推進を阻む課題を2024年最新のデータからピックアップしてわかりやすく解説します。それぞれの課題を解決するための対策についても紹介していますので、今後のDX推進にお役立てください。DXの課題とは?出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-1情報処理推進機構(IPA)が発表した「IPA DX動向2024」の2023年度調査によると、日本企業で「全社戦略に基づいて、全社的にDXに取り組んでいる」と回答した割合は37.5%に達し、前年度と比べて10.6ポイント増加しました。この結果は、2022年度のアメリカの数値を上回るものです。さらに、DXに何らかの形で取り組んでいる企業(「全社戦略に基づいて全社的にDXを推進している」「全社戦略に基づいて一部の部門で取り組んでいる」「部署ごとに個別で取り組んでいる」)の割合も、2021年度の55.8%から2022年度には69.3%、そして2023年度には73.7%と、着実に増加していることが確認されました。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-8また、DX推進において「成果が出ている」と答えた企業の割合は、日本では2021年度の49.5%から2022年度に58.0%、2023年度には64.3%と、年々着実に増加しています。しかし、2022年度のアメリカでは89.0%に達しており、依然として日本とアメリカの間には大きな差があることが明らかです。この差は、アメリカの企業文化が新技術の導入に積極的である一方、日本では慎重な姿勢が残っているためと考えられます。このように、日本企業がDXへの取組を進めながらも成果を得られていなかったり、DXの取組を円滑に進められていなかったりする要因としては、さまざまな課題が潜んでいると考えられます。次章以降では、「IPA DX動向2024」をもとに企業のDX推進を阻む課題を紹介しながら、それぞれの課題を解決するために考えられる対策についても順番に解説していきます。「IPA DX動向2024」の内容について、詳しくは以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。「DX動向2024」(IPA発表)の最新データで見る現状と課題参考:独立行政法人 情報処理推進機構「DX動向2024 進む取組、求められる成果と変革」業界・企業規模別に見るDX推進の課題まずは、業界・企業規模別に見られるDX推進の課題について解説します。DX特定業界における進捗の遅れ下図は、日本企業におけるDXの取組状況を業種別に見たものです。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-3また、以下に従業員規模別に見たDXの取組状況を示しました。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-2DXの取組は一定の進展を見せていますが、特にサービス業や従業員数の少ない企業では遅れが目立っており、日本企業全体のDX推進を妨げる要因となっています。この遅れは、サービス業や小規模企業が資金や人材リソースの面でDX導入に苦労しているためです。この課題を解消するためには、まず経営層が率先してDXの重要性を社内に浸透させ、全社的な取組を強化することが重要です。さらに、成功している企業の事例を広く共有し、他社や異業種から学べる仕組みを導入することも効果的です。DXの具体的なメリットや成功事例を社員全員が実感できるような環境を整えることが、全社的なDX推進に向けた有効な施策となるでしょう。DXに取り組む動機付けが弱い出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-5特に小規模企業において「DXに取り組むための知識や情報が不足している」「自社がDXに取り組むメリットがわからない」といった理由から、DXに踏み出す動機付けが弱いことが課題となっています。この課題を解決するための対策としては、経営層がDXのビジョンを明確に示し、組織全体にその重要性を周知することが有効です。そのうえで小さな成功体験を積み重ねていき、DX推進の取り組みが自社のビジネスにポジティブな影響を及ぼすことを示しましょう。DXに踏み出す動機付けを行ううえでは、DXを推進した社員への報奨制度や評価基準の導入も効果的です。経営と予算に関わるDX推進の課題続いて、DX推進の課題の中から、企業の経営と予算に関わるものをピックアップしてご紹介します。継続的な予算確保の難しさ出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-6DX推進のための継続的な予算の確保状況を尋ねた結果を見ると、「年度の予算の中にDX 枠として継続的に確保されている」との回答割合が36.5%と、2022年度調査の23.8%から増加しました。とはいえ、2022年度のアメリカの40.4%に差が見られます。状況は改善傾向にあるものの、依然としてDX推進に向けた継続的な予算確保が課題となっている企業も多いです。予算が確保されていない企業では、DXの取組みが停滞するリスクを抱えています。この課題を解決するための対策としては、DX推進における具体的な費用対効果やROI(投資利益率)を経営層に明確に提示することが大切であると考えられます。また、効果測定を定期的に行い、適切なタイミングで追加予算を申請するプロセスを整備しましょう。初期投資を最小限に抑えるために、段階的なDX推進計画を策定したうえで、小規模な取組からスタートさせていくことも効果的です。DX成果の評価の不十分さ出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-15上図は、DXの成果をどの指標で、どれくらいの頻度で評価しているかについての調査結果を示したものです。「毎月」「四半期に一度」「半年に一度」「一年に一度」といった頻度で評価している項目としては、「デジタルサービスへの投資額」「ラン・ザ・ビジネス予算とバリュー・アップ予算の比率」「DX推進のための人材数」などが高い割合を占めています。特に毎月評価されている指標として、「新規顧客獲得率」や「デジタルサービスの売上」といった売上に直結する項目が目立ちます。しかしながら、多くの評価指標では「評価対象外」と回答する割合が50%を超えており、DXの取組における計画、実行、評価、改善といったサイクルが十分に機能していないことが課題となっています。対策としては、明確なKPIを設定し、進捗や成果を定量的に測定する評価基準を導入することが効果的です。その際は定期的なレビュー会議を設け、現場の取り組みと成果をフィードバックすることが推奨されます。PDCAで評価サイクルを回し、改善点を見つけて最適化することで、企業のDX成功に繋がります。ビジネスモデル変革とイノベーション創出に関わるDX推進の課題次に、ビジネスモデル変革とイノベーション創出に関するDX推進の課題をピックアップしてご紹介します。ビジネスモデル変革とイノベーション創出の困難さ出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表1-14上図は、DXの具体的な取組項目における取組割合と成果割合の関係を整理したものです。「顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革」「新規製品・サービスの創出」については、80%近い企業が取組むものの、成果割合は20%程度にとどまり、成果創出の難易度が高いことがうかがえます。顧客起点の価値創出やビジネスモデルの変革は従来のビジネス慣習や構造を根本的に見直す必要があるため、非常に高い難易度を伴います。そのため、多くの企業が取り組んでいても、成果を出すことが困難な状況です。また、新しいアイデアやイノベーションを実現し、競争優位を確保することも非常に困難であり、DXを推進する企業の多くがつまずくポイントとなっています。特に、イノベーションが困難なのは、従来のビジネス慣習や社内の抵抗が根強く、変革に対する意識改革が進んでいないためです。これらの課題の対策としては、DXに関する外部の専門家などとの協業を進め、イノベーションの可能性を探ることが効果的です。また、業界外の視点や異業種のアイデアを取り入れることで、新たな視点を加えることも有効です。また、社内のアイデア提案制度を強化し、従業員からの新しい発想を奨励する文化を醸成するのも良いでしょう。小さなプロジェクトから試行し、成功したものを拡大していく「パイロットプロジェクト」方式の導入も、新規アイデアを成長させていくうえで推奨されます。技術面におけるDX推進の課題続いて、DX推進における技術面の課題を「レガシーシステムの刷新」「データ利活用」「AI導入」「生成AI導入」「内製化」という5つの側面から深掘りしていきます。レガシーシステムの刷新の遅れ出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-15上図は、レガシーシステム(老朽化した既存ITシステム)の状況について尋ねた結果をDXの取組状況別に示したものです。レガシーシステムの存在がDX推進の障害となっており、システムの刷新が進んでいない企業が多いことが課題として挙げられます。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-18上図は、レガシーシステム刷新やクラウド移行における課題を従業員規模別に示したものです。従業員規模が大きい企業ほど、システムのブラックボックス化や刷新に対する現場の抵抗感が課題となっています。こうした課題の対策としては、レガシーシステムの刷新を段階的に進めていき、特に重要な機能のモダナイゼーション(老朽化した現行のシステムを、現在のニーズに合わせて変革すること)を優先することが挙げられます。従業員の抵抗感を減らすため、新しいシステム導入前に徹底的なトレーニングを実施するのも効果的です。クラウドをはじめ柔軟かつスケーラブルな技術を活用し、社内におけるIT環境の進化を促すことが大切です。データ利活用の進展不足出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-2上図は、データの利活用の状況をDX の成果別に示したものです。DXの成果が出ている企業ではデータの利活用が進んでいますが、多くの企業ではデータ利活用の体制や仕組みが不十分であることが課題です。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-4また、データ整備・管理・流通の課題について尋ねた結果を上図に示しました。データの収集や管理において、人材の確保が困難であることが最大の障害となっていることがわかります。こうした課題の対策としては、社内にデータの収集・管理の基盤を整え、データ分析のためのツールやシステムを導入することが効果的ですデータリテラシーの向上を目的に、従業員向けのデータ利活用トレーニングを実施するのも良いでしょう。データサイエンティストやデータアナリストなどの専門人材を採用し、社内のデータ利活用力を強化することも推奨されます。AI導入の遅れ出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-5上図は、日米企業におけるAIの導入状況について尋ねた結果を示したものです。アメリカに比べて、日本企業におけるAI導入の割合は依然として低いことがわかります。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-8上図は、AIを導入する際の課題について尋ねた結果を示したものです。企業規模を問わず、日本ではAIの導入や活用が進んでいないことが課題となっています。AIを活用できる人材が不足していることが、AI導入の障害となっている状況です。この課題の対策としては、AI導入のロードマップを作成し、小規模なプロジェクトから開始していくことが挙げられます。AI導入に必要なスキルを持つ人材を社内で育成するほか、外部から積極的に採用するのも望ましいです。生成AIに対するリスク・倫理的課題に関して事前にガイドラインを策定し、対応することが求められます。生成AI導入に対する懸念出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-9上図は、生成AIの導入状況について尋ねた結果を示したものです。企業規模が大きいほど、生成AIの導入が進んでいます。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-11上図は、生成AI を業務で活用する上での課題について尋ねた結果を示したものです。リスク管理や利用基準の策定、効果やリスクに対する理解不足が課題として挙げられています。特に誤った回答を信じて業務に利用してしまうリスクなどが懸念されています。この課題の対策としては、生成AI導入に際して、リスク管理やコンプライアンスに対応する体制を構築することが求められます。誤った情報が業務に影響を及ぼさないよう、AI出力結果の検証プロセスを導入するのも良いでしょう。生成AIのリテラシーを高めるうえでは、社内でAIの利用ガイドラインを作成し、従業員に適切な利用方法を教育することも大切です。内製化の課題出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-14上図は、システム開発の内製化について「内製化を進めている」と回答した企業を対象に、内製化を進めるにあたっての課題を尋ねた結果を示したものです。「人材の確保や育成が難しい」という課題が浮き彫りになっています。特に新しい技術への対応や、開発量の変動に対応することが難しいという課題が指摘されています。この課題の対策として、社内で対応が難しい場合には、外部のパートナー企業との連携を検討することも効果的です。内製化に必要な技術を社内に培うため、技術者向けの研修や資格取得支援を強化するのも良いでしょう。短期的な成果を求めるのではなく、長期的なスキルアップを目指して戦略的に取り組むことが大切です。人材と組織文化に関わるDX推進の課題最後に、人材と組織文化に関わるDX推進の課題を2つピックアップして取り上げます。DXを推進する人材の不足出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表3-1上図は、日米企業にDXを推進する人材の量の確保状況について尋ねた結果を示したものです。日本では、DXを推進するための人材が圧倒的に不足していることがわかります。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表3-4上図は、最も不足しているDX人材について、経済産業省とIPAが策定したデジタルスキル標準のうち、DX推進スキル標準の人材類型別に尋ねた結果を示したものです。特にビジネスアーキテクトの人材確保が課題となっています。ビジネスアーキテクトの詳細は以下の記事にまとめていますので、併せてご覧ください。ビジネスアーキテクトとは?役割、業務、必要なスキル|DX推進スキル標準また、DX人材の確保に加えて、社内での育成が進んでいないことも問題視されている状況です。こうした課題の対策として、社内でDXを推進できるリーダーや専門家を育成するためのトレーニングプログラムを強化することが挙げられます。デジタル人材を外部から積極的に採用し、専門スキルを持つ人材との知識交換を促進するのも望ましいです。そのほか、DX人材の不足を補うために、企業間連携や外部プロフェッショナルとの協力体制を整えていくことも有効です。企業文化・風土の変革不足出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表3-15上図は、DX推進のための企業文化・風土の状況について尋ねた結果を示したものです。DXを成功させるためには企業文化や組織のマインドの根本的な変革が必要ですが、この変革が十分に進んでいない企業が多いことが課題です。これにより、DX推進が社内で十分に理解されず、抵抗感が生じているケースが多く見られます。この課題の対策としては、経営層が率先してDXを推進し、組織全体に変革の意義を浸透させることが効果的です。また、DXを推進した従業員への評価・報奨制度を導入し、変革の推進力を高めるのも良いでしょう。短期的な成果だけでなく、長期的な視点で企業文化を変えていくための施策を継続的に実施していくことが大切です。まとめDXを成功させるためには、まずDXにおける課題を正確に把握し、適切な手順と方法で取り組みを進めることが重要です。本記事で取り上げた課題に対して、総合的な対策を講じることで、DXの推進を効果的に進められるでしょう。DX人材の育成やIT投資など、単一の施策だけでは十分な効果を期待することは難しいです。高度なスキルを持つDX人材を育てたとしても、レガシーシステムの更新や新しいITツールへの投資が伴わなければ、DXの成功は見込めないでしょう。これから本格的にDXを進めようと考えている場合は、まず必要な情報を集め、成功に向けた具体的な戦略を立てることが大切です。そのうえで、DX推進に向けた取り組みをより効果的に進めるため、小さな取り組みから始め、徐々に範囲を広げていくことが、DXを着実に進めるためのポイントとなります。