企業がビジネス上の差別化を図る方法として近年注目されているのが、CXです。このCXを実現させる手段として、DXの取り組みが重視されています。つまり、DXとCXは、手段と目的の関係性があります。DXとCXという2つの言葉は一見すると全く別物に感じますが、これからの社会でCX向上を目指すためにはDX推進に向けた取り組みが非常に重要です。そこで本記事では、DXとCXそれぞれの言葉の意味やCXが重視されている理由、DXでCXを向上した企業の実例などを解説します。DX、CXとははじめに、DXとCXそれぞれの意味を整理します。DX推進を通じたCX向上を図っていく前に、まずはこれら2つの言葉の定義を把握しておきましょう。DXとはDX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)の定義はさまざまありますが、簡単にまとめると以下のとおりです。デジタル技術を活用してビジネスのプロセスや人々の生活を変革させることビジネスのプロセスが変わることで、業務効率化・コスト削減などが実現するだけでなく、新たな商品・サービスが誕生することもあります。そこから発展し、社会全体の変革をもたらす可能性もあるでしょう。社会に生きる私たちは、企業・事業に携わる一人のメンバーであると同時に、他の企業の商品・サービスのユーザーでもあります。そのため、社会全体でDXが進むことで、働き方だけでなく消費行動も変化するのです。DXの言葉の意味や、企業・組織にDXを導入していく流れについて詳しく知りたい場合は、以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?定義や必要性、IT化との違いを解説CXとはCX(Customer Experience:カスタマーエクスペリエンス)とは、「顧客体験」や「顧客経験価値」などと訳され、「ある企業の商品・サービスに接したときの総合的な印象・体験」を意味する言葉です。CXの考え方によると、商品・サービスの機能や性能などの物理的・合理的な面だけで顧客に満足してもらうのではなく、顧客とのタッチポイント全体を通して心理的・感情的に満足してもらうことを目指すべきだとされています。CXの質を高めることを「CX向上」といいますが、これによって今後のビジネスを推進するうえでさまざまなメリットを享受できます。他社との差別化や利益の安定化などを図っていくうえで、「顧客体験」は多くの企業にとって重要な指標の一つとなっている状況です。CXが重要な理由CXの重要性が高まっている理由として、まず挙げられるのが顧客の価値観の変化です。近年、顧客は単に「モノ」そのものよりも、その「モノ」を通じて得られる「コト」を重視するようになっています。かつて物資が不足していた時代には、物質的な価値や機能性・品質が重視されていました。しかし、現代では市場が成熟し、優れた機能・性能を持つ商品・サービスが容易に手に入るようになったことで、物質的な要素だけでの差別化が難しくなっています。こうした市場環境の変化によって顧客が新たに求めるようになったのは、商品・サービスを通じて得られるコト(体験)です。そのため、ただ製品を提供するだけではなく、顧客に心に残る体験を提供することが、より重要になってきています。2つ目の理由として、デジタル技術の進歩があります。昨今、顧客の行動パターンをデータ化して収集し、それを解析する技術が急速に発展しており、顧客のニーズ・行動を理解してビジネス戦略に反映させるためのコストが低下しています。このため、デジタル技術を利用して顧客体験を向上させることが、ビジネスを成功させるうえで重要になっています。3つ目の理由として、SaaS型商品のような継続利用を前提としたビジネスモデルの普及が挙げられます。サブスクリプションモデルが一般的になっている現在、企業は顧客と長期的な関係を築くために、サービスをできるだけ長く継続的に利用してもらう必要があります。そのためには、合理的な満足感だけでなく、心理的な満足感・結びつきが不可欠です。4つ目の理由は、個人の情報発信力の増大です。SNSやブログなどプラットフォームの発展により、誰でも容易に情報発信ができるようになりました。結果的に、顧客は企業からの情報だけでなく、実際のユーザーからの情報を信頼し、それを基に購買を決定する傾向が強まっています。そのため、顧客に良い情報発信をしてもらう必要性が高まっています。心理的に満足しているユーザーは、ポジティブな口コミを発信する傾向があるため、企業はCXを通じて顧客の心理的満足度を高めることに注力しています。CX向上のメリット前述した理由を踏まえて、CXを向上させる主なメリットとしては以下が挙げられます。顧客離れの防止リピーターの獲得ブランドイメージの向上既存顧客による宣伝効果CX向上により、顧客離れを防げます。PwCの調査によると、顧客の17%は、一度不満な体験をしただけでもブランドから離反すると回答しています。顧客離反を防ぐには、顧客が満足する商品・サービスの提供が不可欠です。また、商品・サービスを通じて顧客を満足させると、同様の体験を求めて同一製品を利用するリピーターの誕生につながります。リピーターは積極的な販促を行わずとも商品・サービスを購入し続けてくれるため、企業の長期的な売上維持に貢献してくれるでしょう。商品・サービスを通じて良い体験をした顧客は、そのブランドに好感を抱き信頼してくれるようになります。顧客のブランドイメージが向上すれば、前回購入したものと同じブランドの商品・サービスを購入する確率だけでなく、アップセル(※)の成功確率も高まります。CX向上により、顧客のロイヤリティが向上すれば、自社事業にとって好意的な情報を発信してくれるようになります。ユーザーによる情報拡散を活用すれば、低コストかつ効果的に潜在顧客に訴求できるため、ビジネスチャンスの拡大につながるでしょう。(※)顧客が購入したものと「同種でより上位のもの」を提案し購入してもらうことで、顧客あたりの売上単価を向上させる施策参考:PwC「Experience is everything: Here’s how to get it right」DXでCXを向上ここまでCXの定義や重要性を解説しましたが、CXを向上させるためにはDXの推進が非常に重視されています。前述のとおり、DXはデジタル技術を活用してビジネスのプロセスやデジタルサービスに変革をもたらすものです。こうした変革が起こればCXも必然的に変わることから、DXとCXは相互関係にあります。DXとCXの関係は「手段」と「目的」DXとCXは、「手段」と「目的」の関係にあります。CX向上を成し遂げる手段は様々ありますが、その中でもDXは大いに効果が期待できる取り組みです。DXは顧客視点で新しい価値を創出・変革する取り組みなので、DXを推進すると結果的にCXの向上につながります。しかし、「CX向上のためにあえてDXを推進する必要性はあるのか?」と疑問視する人もいます。DXだけでなく、接客の強化や積極的なイベント開催などでもCXの向上は図れるためです。確かに上記のような手段を用いたCX向上も重要ですが、現代ではデジタルテクノロジーの進歩を無視できず、データやデジタル技術の活用を避けられません。DXにおいて、データは中核をなすものです。収集したデータを有効活用し、システム・部門間で連携を強化することで、業務の効率化や新たなビジネスチャンスの創出、企業全体の競争力の向上を実現することが可能です。DXを通じてCXを効果的に向上させるためには、顧客データの収集と分析が必要不可欠です。データを活用しないと、CX向上の精度が落ちてしまい、期待した効果が得られないおそれがあります。また、顧客との接点を増やすためには、顧客のデバイス使用状況や適切な情報発信方法に関するデータの分析が重要です。これらのデータなしでは、効果的な施策を進めるのは難しいでしょう。以上の理由から、価値あるCXを実現するためには、DXの手段を積極的に活用することが重要です。DXでCXが向上するメリットDX推進によるCX向上の施策では、以下のようなメリットが期待できます。データを効果的に利活用できるタッチポイントを増加させられるPDCAサイクルを効率的に回せるそれぞれのメリットを順番にわかりやすく解説しますので、自社でのCX向上にお役立てください。データを効果的に利活用できる1つ目のメリットは、データを効果的に利活用できるようになることです。CXを向上させるためには、顧客の望む体験を正確に理解することが欠かせません。理解が不足していると、CX向上のための努力が実を結ばない可能性が高いです。顧客を理解するために役立つ情報の代表例は、顧客の年齢、居住地、家族構成、Webサイトのアクセスログ、コールセンターへの問い合わせ内容などです。ただし、これらのデータを手作業で収集・分析すると、多大な時間と労力が必要になります。そこでDXを推進することで、以下のようなデータ管理基盤を構築できます。なぜなら、データはDXの中核であり、データの収集・処理・解析・活用を効果的に行うために、データ基盤の構築がDXを推進していくと自然に求められるためです。必要なデータを自動で収集し蓄積する収集したデータを種類ごとに分類して整理・管理する部署間のデータを統合し、さまざまな情報を一元的に管理するこれにより、顧客の要望や考えを把握したうえで、CXを向上させる施策を効果的に実施できるようになります。例えば、顧客からのフィードバックや購買データを分析することで、商品購入に至る顧客の行動パターンが明らかになります。この分析に基づき、情報発信の方法や頻度を見直すなどのCX改善を検討することが可能です。デジタルテクノロジーの進展により、データ活用はビジネスを成功させるうえで不可欠な要素となっています。DX推進を通じて顧客ニーズに応じた改善・イノベーションを行うことで、CX向上を実現できます。タッチポイントを増加させられる2つ目のメリットは、タッチポイントを増加させられることです。昨今のデジタル技術の浸透により、顧客とのタッチポイントが多様化してきています。顧客に自社商品に興味関心を持ってもらい購入してもらう可能性を増やすためには、できるだけ多くのタッチポイントを設けておくことが望ましいです。オフラインでは実店舗での接客やイベントなど対面でのタッチポイントに限定されますが、DX推進に伴うデジタル技術の活用によって下記のようなタッチポイントを増やせます。Webサイト、ECサイトSNSWeb接客、オンライン商談ライブコマース(ライブ配信を活用した販売方法)メールマガジンコミュニティサイト(情報交換や交流を行うためのWebサイト)コンタクトセンター(電話以外にSMS・メール・チャットなど複数のチャネルに寄せられる問い合わせをサポートする拠点)現在、実店舗のみを運営している場合、店舗へ足を運べない顧客は商品を購入する機会を逃してしまいます。この問題を解決するためには、ECサイトやライブコマースなどのデジタルチャネルを新たに開設することが効果的です。これにより、これまで商品を購入できなかった顧客層との新しい接点を作れます。ECサイトやデジタルチャネルを利用することで、顧客としても以下のメリットを享受できます。時間や場所に縛られずに商品を購入できる自分の好きなタイミングで商品を検討できる上記は顧客にとって大きな利点であり、CX向上に直結します。また、メールマガジンやSNSを活用すれば、顧客と継続的な関係を築くことが可能です。顧客が求める情報を定期的に配信することで、さらなるCX向上が期待できるでしょう。PDCAサイクルを効率的に回せる3つ目のメリットは、PDCAサイクルを効率的に回せるようになることです。PDCAサイクルは、品質向上を目的とした「Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)」の4段階プロセスです。CXを向上させるためには、このサイクルを効果的に回すことが重要です。CX向上のためにPDCAサイクルを回す際は、まず現状を正確に把握し、改善すべき点を明確にする必要があります。ここで大きな役割を果たすのが、顧客に関するデータの分析です。顧客データを可視化することで、問題点やボトルネックを容易に特定でき、それに基づいてPDCAサイクルを効率的に進められます。例えば、SNSを通じて定期的に情報を発信し、CXの向上を目指す計画を立てたとしましょう。実際にSNSで発信していくことは容易に行えますが、その発信が顧客の行動や反応にどのような影響を与えているかを理解するためにはデータ分析が欠かせません。SNSの分析ツールを利用し、顧客の行動や反応を可視化することで、「どの発信が効果的なのか」「改善すべき点はどこなのか」を特定できます。そのうえで、反応が良かったSNS投稿は今後も継続し、反応が低かった投稿については内容を見直すなどの改善を行うべきでしょう。このように、DXを積極的に活用してデータを分析することで、CXの向上を目指す施策に迅速に取り組むことが可能です。DXでCXを向上した例2023年10月、メルカリが、同社のフリーマーケットにおけるCXを向上させるため、生成AIやLLM(大規模言語モデル)の技術を活用し、出品物の売買に伴う改善策の提供を開始したというニュースが話題となりました。DX推進によるCX向上は理想論ではなく、実際に成果をあげる企業も出てきています。ここからは、DX推進によりCXを向上した企業として、3社の実例を紹介します。参考:メルカリ「メルカリ、生成AI・LLMを活用してお客さまの最適な行動を促す「メルカリAIアシスト」の提供を開始」2023年10月17日ナイキナイキのNTC(Nike Training Club)は、一般のスポーツ愛好家を含むアスリートをサポートするために、さまざまな形式のトレーニングクラス、コーチング、モチベーション付け、栄養指導、トレーニングなどのコンテンツを提供するアプリです。もともとサブスクリプション(定期課金)の有料プログラムでしたが、2020年にナイキはNTCアプリの無償提供を開始しました。トレーニングに役立つ豊富なコンテンツを、メンバー登録のみで誰でも利用できるようにしたのです。この施策には、「このアプリを通じてナイキ会員を獲得する」という目標が設定されていたと言われています。その目標のもと、このアプリを幅広く知ってもらうための施策として「プレイ・インサイド、プレイ・フォー・ザ・ワールド」という動画をInstagramやYouTube、Twitter(現:X)などのSNS上にアップし、パンデミックの中でスポーツを通して消費者に勇気を与えるメッセージを発信しました。その後、ナイキの有名契約アスリート達がこの動画を拡散したことで、多くの人の目に触れています。これにより、ナイキは消費者との間に強固なつながりを構築し、アプリのダウンロード数とナイキ会員数の増大を実現しています。アプリの無償提供は、ナイキにおけるDXおよびCXの戦略をコロナ禍に合わせてカスタマイズしたものだと考えられています。パンデミックの影響で同社全体の売上は落ちたものの、アプリやオンラインを介した直販の売上は爆発的に増加しています。参考:Nike「Nike Training Clubアプリ」イオンイオングループが進めているDX戦略の要は、CXにあるとされています。小売企業にとって、顧客の体験を高めることは経営指標と直結するためです。グループに点在するデータを顧客IDを統合することで蓄積し、それを顧客価値の向上に転換していく施策を打ち出しています。従来のイオンの強みは、実店舗におけるサービスにあると言われていました。しかし、今後は、オンラインサービスや金融決済といった小売以外の他分野でも存在感を発揮していきたいという狙いがあります。そして、上記のようなサービスをシームレスな顧客体験として創造し、顧客がネットやリアルの店舗を問わず、そのときの気分に応じて買い物をするチャネルを自由に選べるOMO(オンラインとオフラインの統合)型のサービス提供を目指しています。これを実現するため、現在は主に以下の3つの領域に注力しており、2025年のOMO到達を進めている状況です。領域補足顧客流入のためのタッチポイント戦略・食品ECの事業拡大・店舗アセットの価値最大化(店舗でのDX推進)(例:店舗広告へのデジタルサイネージ導入、セルフレジ導入など)1to1マーケティングのためのIT・データ戦略・ポイント統合・決済サービス集約2つの戦略を下支えする共通DX基盤戦略・システム、業務、組織の一体的な変革イオングループは、食品・日用品を扱うスーパーマーケットに加え、銀行などの金融、書店などの趣味・娯楽といった利用者の生活に関わる多様で豊富なデータを保有しています。このように多様で豊富なデータを活用することで、顧客接点のさらなる改善ならびに、新しいビジネスの創出を図っています。参考:TECH PLAY「イオングループのOMO実現と、新たな顧客体験を創出する3つのデジタル施策【イオンのDX最前線】」2023年4月25日パルコ日本全国にショッピングセンターを展開するパルコでは、早期からアプリを導入し、顧客を深く理解することで売り場での買い物体験を向上させてきました。最近ではSNSを通じた魅力の発信や店頭販促のデジタル化、他社ブランドとの連携による来店維持施策などにも取り組んでいます。その中でも2019年11月に渋谷PARCOにオープンした「PARCO CUBE」は、リアルとデジタルが融合し、顧客に寄り添った買物体験を提案する「オムニチャネル型」の売場として注目されています。売場全体の内装はブランドの個性を生かせるシンプルなデザインで統一され、出店する11店舗の売場面積は従来の約半分の10坪前後で、その中に必要最低限の機能(レジ、デジタルサイネージ、フィッティングルーム、ストック)が集約されています。こうしたサスティナブルな内装は今後のリアル店舗の方向性を提案していると、内装監理を担当したパルコスペースシステムズは述べています。参考:パルコスペースシステムズ「PARCO CUBE|実績紹介」まとめ昨今、インターネットをはじめとするデジタル技術の普及により、消費者の価値観やビジネスの在り方は大きく変化しました。これからの社会では、より良いCXを提供することが、競合他社との差別化を図り、企業・ビジネスを存続させていくうえで非常に重要です。デジタル技術の活用が当たり前になり、急速に発展を続ける現代において、DX推進はますます重視されるようになっています。DX推進は、CX向上を通じて利益を上げるために欠かせないものです。CX向上を目指す場合でも、業務効率化・コスト削減を図る場合でも、これらを叶える効果的な手段としてDXの推進に取り組みましょう。