DX推進指標とは、経済産業省が作成した「企業が自社のDXの進捗状況を評価するための指標」のことです。DXの必要性は認識しているものの、具体的に何をすれば良いのか、何を手掛かりにKPIを設定・評価すれば良いのか分からないと悩んでいる方は少なくありません。こうした状況に役に立つのが、DX推進指標です。この記事では、DXのスタートで重要な役割を担う「DX推進指標」について、活用のメリットや方法・手順、注意点を中心に分かりやすく解説します。DX推進指標とは?DX推進指標とは、企業がDXを推進していくうえで立ちはだかる課題や現状を正確に把握するための、自己判断ツールおよびそのガイダンスのことです。2019年7月、経済産業省によって策定・公開されました。この指標を活用すれば、各企業が簡易的な自己診断を行うことが可能です。各項目について、経営幹部および事業・DX・ITなどの各部門が議論しながら回答していくことが想定されています。DX推進指標は、DXのマニュアルやガイドとして位置付けられています。DXを実現するためには、DXに向けた経営方針や基盤となるITシステム構築など、経営層を巻き込んだ全社的な取り組みが必要不可欠です。加えて、DXは技術の固有名称ではなく、考え方を指すワードであるため、その認識が個人によって偏ってしまいがちです。こうした状況を踏まえて、DX推進指標は企業のDX実現に必要な要素を抽出するためだけでなく、企業内のDXに対する認識を統一・共有するためにも用いられます。政府がDX推進指標を策定・公表した背景には、日本企業の多くがDXに対して消極的な姿勢を取っているうえに、実践を妨げる課題を抱えているという現状が関係しています。多くの日本人がデジタルテクノロジーに対して抵抗感を抱いている点も、DX推進を妨げる要因の1つです。実際、国際経営開発研究所が発表した2020年における世界のデジタル競争ランキングを見ると、日本は63ある先進国のうち27位と低いランクに位置しています。本調査より、世界に比べて日本企業のDX化が遅れている事実が見て取れるでしょう。参考:経済産業省「「DX 推進指標」とそのガイダンス」2019年7月 総務省「令和3年版 情報通信白書」DX推進指標の構成出典:経済産業省「「DX 推進指標」とそのガイダンス」2019年7月をもとに作成DX推進指標は、全部で35の項目から構成されています。これらの項目は大まかに「経営」と「IT」という2つの観点に分けられ、0から5までの6段階でDXの成熟度について自己判断を行う仕組みです。項目の内訳としては、経営者が回答する「キークエスション」が合計9つあるほか、それぞれの関係者同士が議論しながら回答を行う「サブクエスチョン」が合計26個存在します。成熟度前述のとおり、DX推進指標において、DX成熟度は0から5までの6段階で自己判断を行います。以下に、それぞれの成熟度合いに対応するDX推進の実施段階の説明をまとめました。レベル0:未着手の状況レベル1:一部で散発的に実施している状況レベル2:一部で戦略的に実施している状況レベル3:全社的な戦略として部門を横断しながら実施している状況レベル4:全社的な戦略として持続的に実施している状況レベル5:グローバル市場におけるデジタル企業として成長を果たしている状況本成熟度を参考に自己判断を行うことで、自社が現在どのレベルにいて、次にどのレベルを目指すのかを認識するとともに、次のレベルに向けた具体的なアクションの検討・実施につなげられるようになります。経営に関する指標経営体制や組織体制をもとにしてDX推進の進行度を評価する指標です。経営陣や組織全体がDXを効率的かつ効果的に推進するために必要な体制や仕組みがどれほど整っているかを判断するために使用されます。この指標を用いることで、自社のDX推進に関する組織的な準備度や実行能力を把握し、必要な改善点を見つけることが可能です。DXの目的は、単にデジタル技術(ITツール)を導入することではなく、これらの技術を活用して経営課題を解決し、ビジネス目標を達成することにあります。そのため、DX推進に向けたビジョンやマインドセット、戦略を経営陣が持っているか、そしてDXを実現するための組織体制や企業文化が構築されているかなど、組織の成熟度を評価することが重要です。経営に関する指標は、次の2種類に分けられます。定性指標:DXをどのように進めていくかという戦略的な視点や、そのアプローチの質について評価するもの定量指標:具体的な行動や成果、進捗度合いを数値化して評価することで、DXの推進度を把握するものITに関する指標この指標は、企業のITシステムの整備状況を評価するためのものです。DXを進めるうえで不可欠なIT環境が、どの程度適切に整えられているかを判断することに焦点を当てています。この指標を通じて、企業は自社のITシステムがDX推進に十分対応できる状態にあるかどうかの把握が可能です。ただし、評価対象には、ITシステムの構築の有無だけでなく、システムやデータの管理運用に必要な体制、人材、ガバナンス、セキュリティの有無も含まれます。ITに関する指標は主に次の2種類に分類されます。定性指標:システム構築における戦略的な計画や方法論を評価する際に用いられる定量指標:システム構築の進行度や達成された成果を評価する際に用いられるこれらの指標を活用することで、ITシステムの構築における戦略的な方向性と具体的な実行状況の両方を評価し、DX推進におけるIT環境の効果的な整備を目指します。定量指標には、必要なシステムやデータの取得状況などの項目が含まれます。とはいえ、DXの実施目的は企業ごとに異なるため、どのように定量指標を設定するかは各企業の状況やニーズに合わせて決定する必要があります。そして、経営面とIT面の両カテゴリーにおける評価で、経営陣の積極的な関与が重要である点も留意しておかなければなりません。DX推進指標を活用する5つのメリット本章では、企業やビジネスパーソンなどがDX推進指標を活用するメリットとして、代表的な5つの内容をピックアップし、順番に解説します。DX推進について共通認識を持てるDX推進指標がもたらすメリットの一つに、企業内の組織階層や部署間で共通の理解が促進されることが挙げられます。IT部門と他の部門では、会社のIT環境やデジタル利用についての見解が異なることが多いです。たとえIT部門や経営層がDXの必要性を認識していても、実際の業務現場では変化に消極的な場合もあるでしょう。DX推進指標を活用することで、このような状況に対処し、企業全体での共通認識を形成できるようになります。これはDXに関する議論を促進し、認識のズレを解消してDX戦略をスムーズに進めるうえで大いに役立つでしょう。現状や課題を客観的に把握できる各企業により置かれている環境が異なることや、他社の詳細な事情が不明であることを考慮すると、他社のDX事例を参考にすることには限界があります。しかし、DX推進指標を用いることで、自社の現状や取り組むべき課題を明確に把握することが可能です。DX推進指標にもとづく自己診断の結果を独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)が運営する「DX推進ポータル」に提出すれば、他社の診断結果がまとめられた「ベンチマーク」資料を無料で入手できます。この資料には、DXを先行して推進している企業の特徴や業種・産業・売上別の特徴など、多岐にわたる情報が含まれています。ベンチマーク資料から自社と他社のデータを比較することで、現状や課題を客観的に把握できるようになるでしょう。DXに向けて取り組むべきアクションがわかるDX推進指標にもとづくベンチマーク資料を利用する目的は、単に点数をつけることではなく、診断で得た洞察をもとに次の行動につなげることです。自社がDX先行企業や業界内の他社と比べてどのような位置にあるかを客観的に知ることで、今後の具体的な行動計画を立てられるようになります。DX推進の進捗管理と評価が可能になるDXに不慣れな企業では、その進捗管理や評価を行うのが難しいことが多いです。自社のDX進捗がどの程度なのか、それがうまく進んでいるかどうかを正確に評価できなければ、問題を見つけたり改善したりすることも困難でしょう。こうした状況に対処するためには、DX推進指標を用いて、定性的および定量的に自社のDXの進行状況や組織の成熟度を評価し、施策の進捗管理や評価に活用することが効果的です。さらに、DXの進捗管理と評価を毎年行うことで、各施策の達成度合いを継続的に評価し、DX推進の経過を把握し、取り組みの進捗を管理できるようになります。KPIを設定できるKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)は、企業が設定した目標に対する達成度を数値で表したものです。KPIを設定することで、現状と課題を明確に把握し、必要に応じて計画を修正できるようになります。企業の目標達成において、KPIは非常に重要な役割を果たすでしょう。DXの推進においても、KPIの設定は重要です。例えば、DX推進指標のサブクエスチョンに「挑戦を促し失敗から学ぶプロセスをスピーディーに実行し、継続するのに適したKPIを設定できているか」という項目があります。KPIを設定することで、自社のDXの進捗状況と課題を明確に把握・共有し、戦略的にDXを進められるようになるでしょう。DX推進指標の活用方法・手順、ポイントDX推進指標をもとに自社の状態を適切な手順に沿って正確に把握できれば、解決すべき課題や具体的な施策が見えてきます。本章では、DX推進指標の活用方法・手順を紹介した後で、効果的に活用するためのポイントを解説します。「DXの推進指標とそのガイダンス」の確認・自己診断はじめに、経済産業省またはIPAの公式Webサイトで「DX推進指標とそのガイダンス」を参照し、その内容を理解しましょう。まず、経営陣が内容を把握した後で、各部門に周知させる必要があります。社員の認識や意見を把握するための意識調査を行うことも大切です。DX推進にあたっては、ITに詳しくない社員・株主からの反対意見が出る可能性があります。DX推進派と現状維持派の意見が組織内で対立しないよう、具体的なDX方針の決定には慎重な準備が求められるでしょう。その後は、DX推進指標をもとに自己診断を行います。具体的なステップは次のとおりです。9つのキークエスチョンと26のサブクエスチョンについて、社内で議論する議論の結果をもとに、各質問への回答をまとめる経営幹部や事業部門、DX部門、IT部門などの関係者が集まって議論することが望ましいので、社内で議論する前に「DX推進指標自己診断回答フォーマットver2.3」(Excelファイル)をダウンロードし、関係者に配布しておくと進めやすいです。定性指標の各項目の成熟度を判断する際、理由と証拠の提示が推奨されています(回答は任意)。なお、成熟度を判断する際に根拠や証拠が不十分な場合、指標の後半部分にある詳細な判断基準を参考にすることが望ましいです。「DX推進指標自己診断フォーマット」の記入・提出DX推進指標の自己診断が完了したら、その結果をIPAが提供している「DX推進指標自己診断回答フォーマットver2.3」に記入します(Excelファイル)。その後、IPAの「DX推進ポータル」に提出しましょう。※過去のフォーマットでは自己診断結果を提出できないので、必ず「ver2.3」に自己診断結果を記載とのこと。より正確な診断結果を得るためには、フォーマットの下部にある「根拠」や「エビデンス」の欄、具体的な取り組みを示す「アクション」の欄も詳細に記入することが推奨されます。すべての指標を埋められなくても問題はないものの、特に重要だと考える指標については、内容を詳細に記載しておくと良いでしょう。これにより、自社のDX推進の現状をより深く理解し、今後の取り組み方針を明確にできます。参考:独立行政法人 情報処理推進機構「DX推進指標のご案内」2023年10月18日更新ベンチマークと自己診断結果の比較DX推進指標にもとづいて提出した自己診断結果は、分析されてベンチマークレポートとして提供してもらえます。このレポートを使って、業界内での自社の位置付けや改善すべき具体的な点を明らかにすることが可能です。自社のDXに関する自己診断結果を業界全体のベンチマークと比較することは、より深い理解と具体的な洞察を得るのに役立ちます。この比較を通じて、自社のDX進捗が業界平均とどう異なるか、どの分野で改善が必要なのかが明確になるでしょう。また、過去に提出した自己診断の結果は、いつでも「DX推進ポータル」を通じて確認することが可能です。これにより、DX推進における組織の成長や変化を追跡し、継続的な改善につなげられます。DX推進指標の平均スコア(全指標)年度分析対象の数現在地の平均目標値の平均2022年(全件)3,9561.193.162021年(全件)4861.953.622020年(全件)3071.603.212019年(全件)2481.433.072022年のDX推進指標の平均スコア(全指標の現在値と目標値)は「1.19」で前年より0.76低下して過去最低でした。(上表は2023年5月に発表された「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2022年版)」をもとに作成)しかしながら、スコアの低下に大きな問題があるかというと、そうではありません。なぜなら、大企業は過去3年間で最も値の高かった昨年とほぼ同水準になっており、中小企業は前年よりも低下しているものの2019年より高くなっています。したがって、日本のDXは着実に前進していることがわかります。また、分析対象の数が大幅に増えた主な要因としては、ものづくり補助金の申請の要件化が挙げられます。加えて、水産・農林業や医療・福祉といった過去に回答が無い業種から回答があったことも見逃せません。今後のDX推進に関する議論ここまでの手順で、DX推進に必要な情報が整いました。ベンチマークレポートや自己診断結果をもとに、各部署の代表者たちと協力しながら、DXの具体的な方針や施策を策定しましょう。策定された方策にもとづき、経営陣はDXプロジェクトに必要な環境整備とリソースの適切な配分に着手すると同時に、各部門のDX担当者はこれらの施策を迅速に実行に移していきます。こうした手順で、企業全体としてDXの推進が効果的に進むことが期待されます。DX推進指標の活用する際のポイントここからは、DX推進指標を効果的に活用するためのポイントを3つ解説します。経営陣が主導的な役割を果たし、全社を通じての取り組みを促進する経営陣は、DXにおいてリーダシップを発揮し、予算や人材の適切な配分、組織体制や実施環境の整備を行う必要があります。さらに、DXによる改革への取り組みを従業員に明確に伝え、共通の目標と認識を持たせることが大切です。PDCAサイクルを基本に進めるPDCAサイクルとは.、Plan(計画)・Do(実行)・Check(測定・評価)・Action(対策・改善)の仮説・検証型プロセスを循環させて、マネジメントの品質を高めようとする概念のことです。DX推進指標は、現状の把握と課題の明確化に役立ちます。施策の適切性は指標だけでは判断できないため、結果の評価と改善を繰り返すことが必要です。加えて、PDCAサイクルを継続的に回すためのリソース配分も経営陣の重要な役割だといえます。自社の状況に応じてDX推進指標を調整する全ての指標で最高レベルを目指す必要はなく、企業の状況に応じた適切な目標を設定することが重要です。定性指標に優先順位を設定し、社内リソースに応じて目標の成熟度レベルを調整することで、DX推進がより現実的かつ効果的に進められるでしょう。DX推進指標を活用する際の注意点DX推進指標を効果的に活用するためには、これから紹介する5つの注意点を把握・実践することも大切です。①良い評価にこだわりすぎないDX推進指標の自己診断は、高いスコアを得ることを目的とするのではなく、現状の理解と課題の特定を目的としたツールとして利用することが重要です。定性指標の各項目の成熟度に関しては、組織内での議論を通じて導き出された数値をそのまま受け入れることが望ましいです。DX推進の出発点を正確に把握することが、成功への鍵だといえます。自己診断を「テスト」と捉えるのではなく、むしろ「アンケート」として捉え、率直な回答を心がけましょう。②一部の経営陣・担当者だけで進めないDXの主な目的は、データやデジタル技術を活用して、顧客の視点から新しい価値を創造することです。DXを成功させるためには、経営の仕組みそのものを変革し、再構築する必要があります。DX推進指標の自己診断を行う際、一部の経営陣・担当者だけで回答すると、その結果を十分に活用することが難しくなります。特に経営者だけの視点で回答すると、DXの本来のビジョンや目的が伝わらず、結果として手段の目的化(例:AIを導入すること自体が目的となる)の問題が生じるおそれがあります。DX推進に関する議論は、経営者・事業部門・IT部門など、部門間の垣根を越えて行うことが重要です。これにより、自社のDX推進に関する共通の認識を築いたうえで、より効果的に取り組めるようになります。③自己診断だけで取り組みをやめない自己診断の結果を活用せずに終わらせることも、DXの失敗例としてよく挙げられます。「何が必要かはわかるが、どこから手を付ければいいかわからない」という状況、つまり診断結果を具体的な行動計画に落とし込むことができていない企業は多く存在します。もし各部門との議論を行っても具体的な施策が決まらない場合、以下のような対策が有効です。類似企業の事例を参考にする監査部門による内部監査を実施し、改善点を見つけるコンサルティングファームやITベンダーなどから専門的なアドバイスを受ける自己診断の結果を提出して入手できるベンチマークレポートには、他社の先行事例が記載されていることもあります。事例を参考にすることも、DXの推進に役立つでしょう。④一度の取り組みだけで満足しないDXの一般的な失敗ケースの中に、自己診断の結果を具体的な行動計画に落とし込めず、取り組みが中途半端に終わるパターンがあります。これには、デジタイゼーションや、デジタライゼーションの取り組みが一部の部門に限定され、全社的な変革に至らないケースも含まれます。DX推進は一度きりの取り組みではなく、継続的なプロセスです。実施した施策はKPI(重要業績評価指標)や従業員の意識調査などを通じて具体的に分析し、その結果をもとに継続的に試行錯誤と改善を行う体制が必要です。このようにして、DXの取り組みを企業全体で着実に進めていくことが重要です。実際に2年、3年と連続でDX推進指標の自己診断を提出している企業は、全ての指標が向上していることがわかっています。⑤DX推進そのものを目的にしないDX推進における誤解しやすい点として、「手段の目的化」が挙げられます。DXの究極の目的は企業価値の向上と市場競争力の強化にあります。確かにデジタル技術の活用はこれらの目標達成に非常に効果的な手段ですが、それ自体が目的ではありません。この点を見失うと、単にITツールを導入しただけで目標達成に至ったと誤解しやすくなり、結果として本来の目的から逸脱した行動を取ってしまうおそれがあります。DX推進においては、デジタル技術やツールの導入を目的化せず、それらを企業価値の向上や競争力の確保にどのように貢献させるかに焦点を当てることが重要です。まとめDX推進指標とは、企業がDXを推進していくうえで立ちはだかる課題や現状を正確に把握するための、自己判断ツールおよび、そのガイダンスのことです。DX推進指標を利用することで、組織全体にわたるDXの推進が促され、効率的な戦略立案や目標設定が行えるようになります。ただし、DX推進指標は一般的なガイドラインであり、全ての企業にそのまま適用できるわけではありません。DX推進指標を活用する際には、自社の特定の状況に合わせて必要に応じて調整を行うことが大切です。DX推進指標をもとに、自社に合ったDX推進計画を策定し、効果的に実行していきましょう。