DXレポートとは、日本企業のDX実現を促すための資料のことです(経済産業省が作成)。この資料は、日本国内の実例や現状分析をもとに作られており、DXを目指す企業にとって参考になる内容となっています。しかし、ただDXレポートを読んでも、新しい概念への理解が進まなかったり、自社でのDXへの応用方法が思い浮かばなかったりすることもあるでしょう。この記事では、DXレポートの概要や把握しておくべきポイントに焦点を当てて紹介します。2022年7月に公開された「DXレポート2.2」で紹介された、変革のための具体的なアクションと「デジタル産業宣言」も詳しく解説しています。DXを推進するためのアクションプランを立てる際にお役立てください。DXレポートとは?DXレポートとは、経済産業省の諮問機関「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会(※)」で行われた議論の内容がまとめられた資料のことです。DXレポートの内容は頻繁に更新されており、2023年10月現在までに以下の4つが公開されています。DXレポート:2018(平成30)年9月公開DXレポート2:2020(令和2)年12月公開DXレポート2.1:2021(令和3)年8月公開DXレポート2.2:2022(令和4)年7月公開DXレポートには、DXを推進するうえで立ちはだかる課題や今後の方針などがまとめられています。国内の事例や現状などを踏まえた内容になっており、DXの推進を目指している企業にとって参考になるでしょう。(※)DXが進展した企業によって構成される「デジタル産業」の姿を描き、その産業を創出するための道筋及び政策のあり方について議論するための研究会。参考:経済産業省「「デジタル産業の創出に向けた研究会」を立ち上げます」2021年2月4日4つのDXレポートの概要とポイント前述のとおり、DXレポートは、これまでに以下の4種類が公開されています。DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~DXレポート2(中間取りまとめ)DXレポート2.1(DXレポート2追補版)DXレポート2.2(概要)ここからは、それぞれのレポートの概要とポイントを解説します。①DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~現在ある4つのDXレポートの中で、一番初めの2018(平成30)年9月に公開されたものです。最初のDXレポートでは、DXを推進するうえで立ち塞がる「2025年の崖」という課題について解説されています。「2025年の崖」を克服できなければ、2025年以降に最大で年間12兆円もの経済損失が生まれるおそれがあると警鐘が鳴らされています。企業の持つ既存のITシステムが老朽化してレガシーシステムとなると、DX推進の妨げとなります。レガシーシステムの刷新がうまくいかずにDXの実現が遅れることで、グローバル市場で発生するデジタル競争に負けてしまう可能性が高まるでしょう。結果として、2025年から2030年までの間に日本国内で発生する損失は最大で毎年12兆円と予測されます。これが、DXレポートが指摘する「2025年の崖」という問題の大まかな内容です。「2025年の崖」については、以下の記事で詳しく解説しておりますので、関心がある方はご一読ください。2025年の崖とは?経済産業省のDXレポートを解説2018年に公開された初めてのDXレポートは、その時点から7年後の2025年を想定したものでした。ところが、今や2025年はもうすぐそこまで来ていますので、課題解決のために一刻も早い行動が求められます。ただし、このDXレポートに対しては問題点の指摘もあります。言葉足らずの部分があるという意見が見られ、一部で「DXとは、レガシーシステムを刷新すること」という間違った解釈が広まってしまったのです。また、「すでにビジネスがうまくいっているのなら、DX推進は必要ない」という誤った考えも広まりました。こうした誤解の根本にあるのは、ITシステムを「コスト」として捉える考え方にあります。レガシーシステムからの脱却を図るためには、ITシステムがもたらすメリットに目を向けることが大切です。参考:経済産業省「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」②DXレポート2(中間取りまとめ)DXレポート2(中間取りまとめ)は、前回のレポートから2年以上の月日を経て公開されました。DXレポート2が公開された当時、新型コロナウイルス感染症拡大の影響によってビジネスの環境が不安定化し、多くの企業が急激に変化する市場への適応に迫られていました。その中で、テレワークをはじめ社内のITインフラや就業に関するルールを迅速かつ柔軟に変更し環境変化に適応できた企業と、適応できなかった企業の差が大きく拡大しました。また、経済産業省では、2018年に初めのDXレポートを公開した後、企業のDX推進を後押しするために、企業内面への働きかけ(DX推進指標による自己診断の促進やベンチマークの提示)や、企業外面からの働きかけ(市場環境の整備)を実施していました。しかし、全体の9割以上の企業がDX推進にまったく着手できていないレベル、もしくは散発的な実施に留まっているレベルという状況が見られました。(2020年10月時点での回答企業約500社におけるDX推進への取組状況を分析した結果)こうした背景から、DXレポート2では、企業のDX推進を加速するための課題と、その対応策が中心に議論されたという経緯があります。DXレポート2の主な内容としては、企業が変革を加速していくための取り組みがまとめられました。取り組みは、「超短期(特に直ちに実施すべきもの)」や、「短期」「中長期」などに分類されています。例えば、超短期に分類される取り組みには、業務環境のオンライン化や業務プロセスのデジタル化、従業員の安全・健康管理のデジタル化などがあります。中でも重要な取り組みとして位置付けられているのが、「共創の推進」です。これは、ベンダー側とユーザー側が垣根を取り払って協力しあうことで、従来はコストと捉えられていたITシステムを「価値を生み出すもの」に変えていく活動を指します。DXレポート2では、「共創の推進」を通じて、市場の変化に即応できる体制を構築していく重要性が述べられています。参考:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」③DXレポート2.1(DXレポート2追補版)DXレポート2で明らかにできなかった、デジタル変革後の産業の姿やその中での企業の姿が示された資料です。既存産業の企業がデジタル産業の企業へ変革を加速させるための政策の方向性がまとめられました。また、ベンダー側とユーザー側の相互依存関係の問題に触れて、目指すべきデジタル産業の姿・企業の姿などが示されています。DXレポート2.1を読むと、DX推進にあたって企業がどのような目標を持つべきか、どのような問題を解決する必要があるのかが分かります。特に注目すべきは、「ピラミッド型」から「ネットワーク型」への産業構造のシフトです。(以下の図)簡単にいうと、「上から下へ」という形から「資本の大小や都市部・地方部にかかわらず、価値の創出に参加できる」という形への産業構造の変化が求められています。産業構造が「ネットワーク型」にシフトすることで、企業間が積極的に協力関係を結んで新しいプラットフォームを作り、一つの企業だけではできなかった新しい価値の創出が期待されています。出典:経済産業省「経済産業省「デジタル産業の創出に向けた研究会の報告書『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』を取りまとめました」2021年8月31日一方で、既存の産業で見られる「下請け構造」のような固定的な取引関係は、今後衰退していくと考えられています。確かに固定的な取引関係には安定性がありますが、デジタル化した市場における競争に勝てない「低位安定」の状況に陥ってしまうためです。デジタル化した市場で新たな価値を創出するためには、ベンダー企業やITの専門家などと協力しながら、これまでの固定的な産業構造を変えていく勇気が求められます。参考:経済産業省「デジタル産業の創出に向けた研究会の報告書『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』を取りまとめました」2021年8月31日④DXレポート2.2(概要)DXレポート2.2(概要)は、公開されている中で最も新しいバージョンのDXレポートです(2023年10月現在)。デジタル産業への変革に向けた方向性やアクションなどが提示されています。DXレポート2.1で示されたように、日本ではベンダー側とユーザー側の間で低位安定の関係が構築されてしまっていて、個々の企業でのDX推進が非常に難しい状況に陥っています。DXレポート2.2では、この状況を打破するためには産業全体での変革が必要とされ、目標とすべき産業の姿として「デジタル産業」が示されました。参考:経済産業省「DXレポート2.2(概要)」2022年7月DXレポート2.2が提示した3つのアクションDXレポート2.2では、産業全体の変革に向けて各企業が行っていくべきアクションとして、以下3つの内容が挙げられています。デジタルは収益向上にこそ活用するべきと認識する行動指針を示す同志を集めるそれぞれのアクションの概要を順番に分かりやすく解説します。デジタルは収益向上にこそ活用するべきと認識するDXを目指している企業の中には、依然として既存ビジネスの効率化や省力化を図る企業が多く、DX推進に対して経営資源を投入しても、企業の成長に反映されていないのが現状です。DXを成功させるには、「既存ビジネスの効率化や省力化」ではなく「新規デジタルビジネスの創出」を目指す必要があります。仮に既存ビジネスに目を向けるとしても、デジタル技術の導入によって付加価値を向上させなければなりません。DXレポート2.2では、DX推進をしている規範的な企業の調査結果を用いて、こうした方向性で収益向上を達成していることが示されています。つまり、DXを成功させるためには、企業はデジタル技術を「収益を増やす手段」として活用すべきだということです。そのためには、「新しいビジネスを始めたり、現在のビジネスを改善したりするためにDXを推進する」という考え方が求められます。行動指針を示すDXレポート2.2では、DXを達成するうえで、企業のトップ層(CEO、CDO、CIOなど)がDX推進に関するビジョンや戦略のほか、社員全員が取るべき「行動指針」を示すことが大切だと述べられています。同レポート内では、DXを通じて収益向上を達成した企業の特徴の一つとして、「行動指針を示している」ことが紹介されています。DX推進にあたって企業のトップが行動指針を示すことで、全社員にビジョンや戦略を共有しやすくなるうえに、各社員が新しい仕事のやり方・働き方に順応しやすくなります。また、企業と従業員の結びつきが強くなり、DX推進に向けて一体感が生まれるでしょう。以下記事でDXのビジョンの内容や策定の手順などを解説しており、ご一読いただくことで行動指針を示す手助けになれば幸いです。DXにビジョンは必須!内容と策定の手順を解説同志を集めるDXレポート2.1から引き続きDXレポート2.2においても、低位安定から脱却し、相互に変革を推進できる関係を構築していくことが大切であると述べられています。そのための施策として、それぞれの企業が「行動指針」を産業全体に共有し、同じ価値観を持つ企業同志が相互に高め合いながらDXを推進していく必要性が述べられています。この取り組みは、「社会運動論的アプローチ」と名付けられました。企業経営者としては、自社の考えを公にし、同じ考えを持つ企業とともにDX推進のための改革を進めていくことが大切です。DXレポート2.2の「デジタル産業宣言」出典:経済産業省「DXレポート2.2(概要)」2022年7月DXレポート2.2では、前述した3つのアクションを実現するための仕掛けとして、「デジタル産業宣言」が示されました。経営者の価値観を外部に発信していく「社会運動論的アプローチ」を実践する手助けとなるよう、宣言の形が取られています。デジタル産業宣言は、以下の4つのパートから構成されています。背景目指す方向性目指す方向に向けた行動指針宣言者の氏名また、目指す方向に向けた行動指針は、以下の5つの項目から構成されています。ビジョン駆動:過去の成功体験や柵(しがらみ)を捨て、自らが持つビジョンを目指す。価値重視:コストではなく、創出される価値に目を向ける。オープンマインド:より大きな価値を得るために、自社に閉じず、あらゆるプレイヤーとつながる。継続的な挑戦:失敗したらすぐに撤退してしまうのではなく、試行錯誤を繰り返し、前進し続ける。経営者中心:DXは経営者こそが牽引してはじめて達成しうるものという理解のもとに、その実現に向かって(全員で)積極貢献する。上記の内容をもとに、経営者が「自らの宣言」としてさらにブラッシュアップしていくことが想定されています。前述した3つのアクションを実行するうえで、デジタル産業宣言の活用を検討しても良いでしょう。収益向上につながる行動を社内に浸透させるだけでなく、自社の価値観を外部に発信して他社との関係性を構築して新たな施策を進めるうえでも役立てられます。参考:経済産業省「第3回 デジタル産業への変革に向けた研究会」2022年3月まとめこれまでに公開されている4つのDXレポートの概要を解説しました。DXを推進するには、DXに関して正しく理解すること、企業内外に向けて取り組みを行うことが大切です。今回紹介したDXレポートの内容を踏まえ、自社が取り組める領域から着実にDXを推進していきましょう。