最近、DXを推進しようとする企業が増えていますが、多くのビジネスパーソンは「どこから始めればいいのかわからない」「どんな計画を立てればいいのか具体的なイメージがわかない」といった悩みを抱えています。他の企業がどのような方法でDX戦略に取り組んでいるのかを知りたいと思っている方も少なくありません。そこで本記事では、DX戦略とはどういったものなのか、意義・立案の手順などを分かりやすく解説します。実際の企業での取り組み事例も紹介していますので、今後のDX戦略を立案するうえでお役立てください。なお、DX戦略の定義についてはさまざまな解釈がなされていますが、本記事ではDX戦略を「企業や個人がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進・実現するための戦略」であると定義して説明を行っています。DX戦略とは?DX戦略とは、企業や個人がDXを推進・実現するための戦略のことです。DXの推進を通じて実現したいビジョンを掲げたうえで、それを実現するためにDX戦略を立てて施策を進めていくのが基本的な流れとされています。DX戦略はIT部門が主導したり、特定の事業部門が個別に自部門の業務を最適化したりするために着手するものではありません。DX戦略は組織文化を含めた企業内の多岐にわたる分野の戦略であり、企業戦略の大きな柱として企業の経営者がリードしていくものです。しばしばDX戦略と意味が混同される言葉に、「デジタル戦略」があります。経済産業省によると、デジタル戦略とは、「企業が競争力を維持・強化すべく、デジタル技術を活用した製品・サービスなどを創出するための行動計画およびアプローチ」のことです。DX戦略は「ビジネスの課題に対して技術的な方策」であるのに対して、デジタル戦略は「新たなデジタル技術・データなどを使ってビジネスを変革する方策」として位置付けられています。DX戦略とデジタル戦略の違いは、対象範囲にあります。DX戦略は企業内の多岐にわたる分野を対象とするのに対して、デジタル戦略はそれぞれの事業単位を対象とするのが基本です。つまり、「企業のDX戦略の一環として、各事業におけるデジタル戦略がある」という関係性が見られます。参考:経済産業省「DX を促進するためのデジタルガバナンスに関する調査研究とりまとめ報告書」令和2年3月DX戦略の意義高度デジタル化社会に突入した現代において、企業を存続させて価値を提供し続けていくためには、DXを推進してデジタル企業(高度なデータ分析・活用を意思決定プロセスに組み込んだ企業)に変革していく必要があります。商品・サービス自体での差別化が困難になっている現代において、顧客に提供する価値の源泉はデジタルの領域に移行しています。デジタル領域でも価値を発揮できるビジネスモデルへの変革が必要となっているだけでなく、外部環境が急激に変化しても柔軟に対応できるようなシステム基盤・人・組織への変革、つまりDXの推進が求められている状況です。企業が直面する「2025年の崖」もしもDXを実現できない場合、デジタル競争の敗者となって技術的な負債で「2025年の崖」に直面するおそれがあることが経済産業省の資料「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」によって指摘されています。2025年の崖とは、2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じると予測されている問題のことです。その一方で、もしもDXを実現できれば、2030年に実質GDP130兆円超の押し上げができることも述べられています。DXレポートでは、既存のレガシーシステム(老朽化したシステム)の使用を続けていては企業の成長に限界が見えている中で、いかにスピーディーにDX戦略を立案・実行し、市場の敗者になる事態を回避できるかを検討することが日本企業にとって重要であることが指摘されています。DXはリーダーのもとで一丸となって取り組む必要DXは、組織文化を含めた企業内の多岐にわたる分野の変革を意味します。つまり、DXはシステム部や一部の業務担当者のみで推進するものではなく、組織のリーダーのもとで全社一丸となって同じ方向に向かって取り組んでいく必要があります。このような状況を背景に、経済産業省の「DXレポート2」では、DX実現のプロセスとして「DX戦略の立案」「DX推進体制の整備」「DX推進状況の把握」の3点について取り組むべきであることが指摘されています。上記3点のうち、まず取り組むべきなのはDX戦略の立案です。DX戦略を立案したうえで、戦略を実施するために必要な体制を整備し、実行段階に移った後でDX推進状況を把握していくという流れで進めていきます。DX戦略を立案し、戦略に沿ってDXを推進していくことで、はじめてデジタル企業への変革を目指すことが可能です。参考:野村総合研究所「急がれるデジタル企業への変革」 経済産業省「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」 経済産業省「DXレポート2 中間取りまとめ(概要)」DX戦略の立案手順DXでは企業活動そのものを全体的かつ抜本的に見直し変革していくことが求められるため、組織全体で一体感を持って取り組んでいくことが大切です。本章では、DX戦略を立案していくための一般的な手順を以下5つのステップに沿って紹介します。ビジョンを策定する現状を把握し課題を抽出する目標を設定するソリューションの選択と実行計画の策定評価と改善各ステップで行うべき内容を順番に解説しますので、自社でのDX戦略立案にお役立てください。ビジョンを策定するまずは、DXを通じて自社が目指すべき姿(ビジョン)を策定します。具体的には、DXを通じて自社がどのような経営成果を目指すのか、デジタルの活用によってどのような新たな企業価値を生み出していくのか、その姿を明確にイメージすることが大切です。ここで決めるビジョンはDX戦略の目的地となり、すべての活動の指針として位置付けられるため、できるだけ明確に定義しなければなりません。ビジョンの策定については以下の記事で解説しているので、ビジョンをこれから策定したい方や改めて見直したい方などDXのビジョンに関心がある方はぜひご一読ください。DXにビジョンは必須!内容と策定の手順を解説現状を把握し課題を抽出する次に、現時点での自社のDX推進状況が一般的にどのようなレベルに位置しているのかを把握し、そのうえでDX実現のために乗り越えるべき課題を抽出します。このステップは、DX戦略の想定する期間内にどのレベルを目指し、どのような施策を講じていくのかを決めるうえで非常に重要です。自社の現状を把握する際は、「DX推進指標」と「フレームワーク」の使用が役立ちます。DX推進指標DX推進指標とは、企業がDXを推進していくうえで立ちはだかる課題や現状を正確に把握するための、自己判断ツールおよびそのガイダンスのことです。2019年7月、経済産業省によって策定・公開されました。DX推進指標を活用することで、企業が簡易的な自己診断を行うことが可能です。企業のDX実現に必要な要素を抽出するためだけでなく、企業内のDXに対する認識を統一・共有する際にも役立ちます。DX推進指標は、全部で35の項目から構成されています。これらの項目は大まかに「経営」と「IT」という2つの観点に分けられ、0から5までの6段階でDXの成熟度について自己判断を行う仕組みです(上記の画像を参照)。自己診断を所定のフォーマットに記入し「DX推進ポータル」に提出することで、自社のDX推進状況について他社と比較可能なベンチマークレポートを受け取ることができます。DX推進指標について詳しく知りたい方は、以下の記事で解説していますので、併せてご覧ください。DX推進指標とは?メリット、活用方法・手順、注意点を解説フレームワークの活用出典:経済産業省「DXレポート2 中間取りまとめ(概要)」をもとに作成DX戦略の立案をはじめ、企業全体で長期的な計画を立案する際は、「確実な正解」が存在しない状況で進めていかなければならないことが多いです。こうした状況でDX戦略を立案する際は、あらゆる要素を体系的に整理するために、フレームワークの活用が効果的です。DX戦略の立案に役立つものとして、まず挙げられるのが「DXフレームワーク」です(上記の画像を参照)。DXフレームワークは、前述した「DXレポート2」にて、DX戦略の立案に活用できるフレームワークとして紹介されています。DXフレームワークの活用により、自社における各分野での取り組みの成熟度が可視化されます。取り組みが不十分な分野や、今後強化していくべき分野などを整理するうえで役立ちます。DXフレームワークは作成後、取り組みが進行するにつれて内容を更新していくことが望ましいです。これにより、自社の取り組みの進捗状況をリアルタイムで把握できるようになります。DX戦略の立案に役立つフレームワークとしては、PEST分析も挙げられます。PEST分析とは、Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4つの観点から外部環境を分析するフレームワークのことです。主に事業戦略(経営戦略、海外戦略、マーケティング戦略などを含む)を策定する際に使用されるケースが多いですが、DX戦略の立案にも役立ちます。PEST分析では、DXを今後どのように推進していくのか、下記のような観点から考えていきます。観点具体例Politics(政治)法規制・規制緩和、国の政策、税制の見直し、政府の動向、市民団体の動向、最高裁の判断変更、外交関係の動向などEconomy(経済)景気、インフレ・デフレの進行、為替、金利、経済成長率、日銀短観、失業率、鉱工業指数などSociety(社会)人口動態、世帯数、世論・社会の意識、教育、犯罪、環境、健康、文化に関する情報などTechnology(技術)技術革新、特許、情報提供企業の投資動向など参考:東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)「PEST分析とは?目的、やり方・手順、注意点を解説」そのほか、PEST分析以外の環境分析を行うフレームワークとして、SWOT分析や3C分析などが用いられることもあります。SWOT分析は、「自社の資産・ブランド力・製品の価格や品質などの内部環境」および「競合・法律・市場トレンドなど自社を取り巻く外部環境」をプラス面・マイナス面に分けて分析するフレームワークです。以下4つの要素の頭文字から、その名が付けられました。Strength(強み:内部環境、プラス要因)Weakness(弱み:内部環境、マイナス要因)Opportunity(機会:外部環境、プラス要因)Threat(脅威:外部環境、マイナス要因)これら4要素の分析により、「強みを生かし、弱みを克服し、機会を利用し、どのようにして脅威を取り除くのか(あるいはは脅威から身を守るのか)」を評価します。また、3C分析とは、外部環境として「市場・顧客(Customer)」「競合(Competitor)」、内部環境として「自社(Company)」を分析対象とするフレームワークのことです。DX戦略を立案する際は、デジタル技術で実現できることが自社の強みであるかを考えることが大切です。その際、顧客の利便性を追求するために、3C分析で「ユーザーファースト」の観点を持っておくと、有用なアイデアの促進につながります。目標を設定する自社の現状や抱えている課題、直近の外部環境が分かったら、目標を設定していきます。DX実現にあたって、どれほどの変革を目指すのか、どの部門で何を実行するのかといった目標を現実的かつ具体的に立てることが大切です。ここで設定する目標は、DX戦略の推進後に効果を測定するために、定量的な(数値化できる)内容にすることが望ましいです。ソリューションの選択と実行計画の策定達成すべき目標を設定できたら、ゴール地点に辿り着くための手段(ソリューション)を選択します。DXには多岐にわたるアプローチが存在するため、適切なソリューションを選ぶのは難しいでしょう。必要に応じて専門家の意見も取り入れ、最適なツール・フレームワークを導入しながらソリューションを選択し、それに応じた実行計画を策定していきます。ソリューションの一例としては、以下のようなものが挙げられます。AIやIoTの導入による製造作業の自動化製品データベースや画像処理システムの導入による品質管理AIによる商品開発支援MAツールを活用した顧客一人ひとりへの最適なアプローチ上記のようなソリューションを選択したら、いつどのように実行するか具体的に計画しましょう。具体的な計画がなければ、たとえ最適なソリューションを選択できていたとしても、着実に実行していくことができず、DXを実現できません。例えば、デジタル技術の活用による製造作業の自動化をソリューションに選ぶ場合、ツールの選定・導入から関係者への研修に至るまで、具体的に計画することが大切です。評価と改善前のステップで策定した実行計画に沿ってDXを推進し、その結果を評価します。その後は評価をもとに戦略・リソース配分などを見直し、必要に応じてビジョンや目標、ソリューションなどの内容を改善しましょう。こうした評価・改善のステップは、DX戦略のPDCAサイクルを形成し、継続的にDXを推進していくうえで非常に大切です。評価に際しても、DX推進指標の項目で紹介した自己診断を活用し、毎年度診断を行っていくと良いでしょう。継続的にDX戦略を進めていくためには、一度だけで終わらないことが肝要です。DX戦略の事例ここまでの説明だけでは、DX戦略について具体的なイメージが沸かない方も多くいるはずです。本章では、DX戦略の解像度を高めてもらうために、実際の企業が行った取り組みの事例を3件ご紹介します。なお、本章で取り上げる企業には、いずれもDX銘柄に選定された実績があります。DX銘柄とは、東京証券取引所に上場している企業の中から、企業価値の向上につながるDXを推進するための仕組みを社内に構築し、優れたデジタル活用の実績が表れている企業を選定するものです。参考:独立行政法人 情報処理推進機構「DX銘柄」2023年11月14日ブリヂストンのDXブリヂストンは、「より大きなデータで、より早く、より容易に、より正確に」をテーマにDXを推進しており、長年現場で培った強い「リアル」としての匠の技と「デジタル」の融合によりイノベーションの加速を目指しています。ブリヂストンのDX戦略に見られる大きな特徴は、製造業でありながらソリューションカンパニーを目指している点です。昨今、ブリヂストンが手がけるモビリティ業界のタイヤビジネスでは、目まぐるしく変わる市場に対応するために、製造業からソリューションプロバイダーへの進化が求められています。その中で、ブリヂストンでは、ソリューションビジネスを展開するために高いレベルでデータ活用できる人材の確保に迫られました。そこで、ブリヂストンは、デジタル人材を育成するために、弊社SIGNATEの提供するeラーニング「SIGNATE Cloud」を導入しています。「SIGNATE Cloud」の導入によって、デジタル人財育成のための研修コンテンツを充実化させ、現場でのデータ活用をこなせる人材の確保に成功しています。ブリヂストンにおけるDX推進に必要な人材育成について、詳しくは以下のインタビュー記事でご覧いただけます。株式会社ブリヂストン|学びを現場で活かす。徹底的にこだわった社内研修の中身とは参考:デジタルトランスフォーメーションを推進する企業として「DX銘柄2022」に3年連続で選定MS&ADホールディングスのDXMS&ADホールディングスでは、2022年度からスタートした「中期経営計画(2022-2025)」において、グループの基本戦略の一つとして「Value(価値の創造)」を掲げており、MS&ADインターリスク総研を中核としたCSV×DX取組を推進しています。具体的には、MS&ADインターリスク総研を中核に据えながら、デジタル・データを活用した補償・保障前後におけるソリューションの開発・販売を推進し、ビジネスモデルの変革に取り組んでいます。その取り組みの中で、AI技術を活用して潜在的な交通事故発生リスクを評価・可視化する「事故発生リスクAIアセスメント」や、将来の洪水リスク変化を捉えた高精度・高信頼度・高解像度のハザードマップを活用した「LaRC洪水リスク分析サービス」など、社会課題の解決につながる先進的なソリューションの提供を開始しました。2023年4月からは、新たに「代理店を通じたソリューション提供」を開始し、より多くの顧客に最適なソリューションを提供することで社会課題の解決を目指しています。参考:MS&ADホールディングス「イノベーション」清水建設のDX清水建設では、中期デジタル戦略「Shimzデジタルゼネコン2020」を策定し、「ものづくりをデジタルで」「デジタルな空間・サービスを提供」「ものづくりを支えるデジタル」の3つのコンセプトを柱としてDXの取り組みを推進しています。近年、新型コロナウイルス感染症の拡大により社会の状況が大きく変化した中で、清水建設では業務内容・プロセスの見直しやデジタル技術を活用した事業・業務変革により、顧客や社会のニーズに応えられる体制の構築に迫られました。また、近年はスマートシティのようなデジタル空間やサービスを提供することが、新しい街づくりのキーコンセプトとなっています。こうした背景から、清水建設はデジタル戦略の見直しを行い、中期デジタル戦略2020「Shimz デジタルゼネコン」を策定しました。この戦略の中で、以下のような取り組みを行ったことが評価され、DX銘柄に選定されています。既存事業および新規事業の両面において、バランスの取れたDX施策を実践しているDX推進人財の活用について、社内人財の育成だけでなく、アドバイザーやキャリア採用を行うなど、柔軟性を持った組織体制づくりに取り組んでいるさまざまな媒体を活用し、積極的な情報発信を継続的に行っている参考:清水建設「「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」に3年連続で選定」 清水建設「シミズのDX ものづくりの心を持ったデジタルゼネコン」まとめ本記事では、DX戦略に焦点を当てて、意義や立案手順、事例などを解説しました。DXを成功させるためには、DX戦略を立てることが大切です。DX戦略の立案によって、DXを通じて実現すべきビジョンや目標を明確にでき、行うべき施策や必要となるツールなどの検討につなげられます。自社にとって適したDX戦略を立案するためには、経営陣自らがDXに対する理解を深めたうえで、リーダーシップを発揮していくことが大切です。