デジタルトランスフォーメーション(DX)は、企業の成長と競争力を強化するために不可欠な取り組みとなっています。しかし、DXの成功例がある一方で、多くの企業が失敗を経験しているのも現実です。特にDXを単なるIT導入と考え、経営層と現場の認識がズレたり、計画不足やシステムの問題によって期待した成果を得られなかったりするケースは珍しくありません。DXは、単なるデジタル技術の導入ではなく、業務プロセスや組織文化の変革を伴うものです。本記事では、実際のDX失敗事例を紹介し、そこから学べる教訓や回避策を解説します。その他のよくある失敗パターンも交えながら、DXを成功させるための教訓もまとめましたので、今後のDX推進にお役立てください。DXの失敗事例本章ではDXの失敗事例として、以下の2件を取り上げます。セブン&アイの「7pay」導入失敗江崎グリコの基幹システム刷新による混乱これら2社の失敗事例の概要と回避策を順番に解説します。ケーススタディとして学んでおき、今後のDX推進に生かしましょう。セブン&アイの「7pay」導入失敗事例2019年7月、セブン&アイ・ホールディングスは、キャッシュレス決済の普及を受け、独自のスマートフォン決済サービス「7pay」を開始しました。しかし、サービス開始直後から重大なセキュリティ問題が発覚し、大規模な不正アクセスが発生したことで約3,860万円の被害が報告されました。主な要因の一つは、セキュリティ対策の不備とされています。特に、金融サービスでは一般的に導入される二段階認証が採用されておらず、不正アクセスが発生しやすい状況だったと考えられます。また、ユーザーインターフェースも使い勝手が悪く、消費者からの評価も低かったことが問題をさらに深刻化させました。そのほか、7payのシステムの開発にはグループ各社が参加していました。しかし、各社の役割分担が明確でなく、全体の統制が取れないまま開発が進められたため、システム全体の最適化が十分に検証されませんでした。この結果、複数のシステムがうまく連携せず、セキュリティ上の脆弱性が見過ごされる要因の一つとなったと考えられます。結果として、「7pay」はサービス開始からわずか3ヶ月後に廃止され、セブン&アイ・ホールディングスはブランドイメージの低下と多額の損失を受けました。参考:セブン&アイ・ホールディングス「「7pay(セブンペイ)」 サービス廃止のお知らせとこれまでの経緯、今後の対応に関する説明について」 日本経済新聞「セブン&アイ社長が報酬一部返上 セブンペイ問題で」回避策セキュリティ対策は、一朝一夕で対策できるものではありません。特に、新しいサービスでは見落としが発生しやすく、リスクを完全に排除することは困難です。しかし、以下の対策を講じることで、同様の問題を未然に防ぐことが可能になります。対策補足サービス導入前のリスク分析システムの脆弱性や潜在的なリスクを事前に洗い出し、適切な対策を講じることが重要。二段階認証や多要素認証の標準化ログイン時のセキュリティを強化し、不正アクセスのリスクを低減させる。ユーザビリティテストの実施実際の利用者の視点で操作性を確認し、安全性と利便性を両立させる。江崎グリコの基幹システム刷新による混乱2024年4月、江崎グリコは老朽化した基幹システムを新しいERP(Enterprise Resource Planning)システムへと移行しました。しかし、新システム導入直後から業務に重大な混乱が生じ、商品の受発注や出荷業務に大きな影響を与えました。特に「プッチンプリン」や「カフェオーレ」などの主力商品の出荷が停止する事態となりました。新しいERPシステムの導入に伴い、受発注データの処理に不具合が発生し、一部の商品が適切に管理できなくなったためです。これにより、在庫状況が把握できず、配送の遅れや誤出荷が発生し、流通が混乱しました。その影響は販売店や消費者にも及び、企業の信用にも打撃を与える結果となりました。一連の影響もあり、江崎グリコは2024年12月期連結の売上高を150億円下方修正しました。参考:江崎グリコ「当社基幹システム障害に伴うチルド商品(冷蔵品)の全品出荷再開に関するご報告」回避策システムの刷新は企業の成長に欠かせない取り組みですが、その過程では多くの課題やリスクが伴います。今後の新システム導入における改善策として、以下のような対策が考えられます。対策補足段階的な移行とスモールスタート一度に大規模な変更を行うのではなく、小規模な導入から始め、状況を見ながら段階的に拡大していくことが重要。旧システムとの並行運用新システムへの完全移行前に旧システムと並行稼働させる期間を設けることで、万が一のトラブルにも迅速に対応できる体制を整えられる。統括責任者の配置明確な責任者を設けることで、プロジェクト全体の統制を強化し、スムーズな進行とリスク管理を実現できる。その他のDX失敗事例と回避策上記で紹介した2社のケースはあくまでも代表的なもので、その他にもDXに関する失敗事例は数多くあります。本章では、その他のDX失敗事例として3つのケースを取り上げ、回避策と併せて解説します。業務現場との乖離によるDXの失敗地方の老舗メーカーが業務効率化を目的にクラウド型の生産管理システムを導入しました。しかし、この経営層主導で進められたDX施策は、現場スタッフへの十分な説明や調整が行われないまま強行されました。その結果、従来の手作業と新システムが混在し、かえって作業フローが複雑化しています。業務の効率向上どころか、むしろ負担が増大し、DXの目的とは逆の結果を招いてしまいました。このDX失敗事例の回避策には、以下のようなものが挙げられます。回避策補足現場の声を反映した計画策定システム導入前に現場スタッフの意見を取り入れ、実務に即した導入計画を作成する。段階的なテスト運用実際の業務環境で試験運用を行い、問題点を洗い出しながら調整を進める。社内教育の強化DXの目的や操作方法を周知し、スタッフが安心してシステムを活用できる環境を整える。DX推進のための人材不足が招いた失敗ある中小企業がDXを進めようとしましたが、社内に十分な知識を持つ人材がいませんでした。そのため、外部コンサルタントに頼ってプロジェクトを進めたものの、コンサルタント主導の進行となり、社内にDXのノウハウが十分に蓄積されないケースが見られます。その結果、コンサルタント契約終了後に自社でDXを継続することが困難になり、取り組みが停滞しました。DXを成功させるためには、外部コンサルタントの知見を活用しつつ、社内チームが主体的にプロジェクトを進める体制を構築することが重要です。この事例のようなDXの失敗を避けるためには、以下のような対策を講じることが望ましいです。回避策補足社内DX推進チームの設置専門のチームを編成し、継続的にDXの知識やノウハウを社内に蓄積する。社内人材の育成外部コンサルタントの活用に頼りすぎず、社員がDXを推進できるような教育・研修制度を整える。長期的なDX戦略の策定各部署と連携しながら、段階的にDXを推進できる計画を立てることで、持続可能な変革を目指す。目的の不明確さによるDXの失敗ある小売企業は、オンライン市場の拡大に対応するためにECサイトを開設しました。しかし、事前のターゲット分析が不十分だったため、顧客の購買行動や競合との差別化要因を考慮せずに運営を開始しました。その結果、ターゲットに適した商品ラインナップや価格設定ができず、販促施策も効果を発揮せず、期待した売上には結びつきませんでした。さらに、ECサイトと実店舗の連携が十分に取れず、サイト運営が独立してしまったため、店舗スタッフがオンライン顧客のサポートに十分に対応できない状況が発生しました。結果として、ブランドへの信頼も低下しました。このDX失敗事例の回避策には、以下のようなものが挙げられます。回避策補足DXの目的を明確化ECサイト開設前に市場調査とターゲット分析を徹底し、具体的な戦略を立てる。実店舗との連携強化ECと店舗のデータを統合し、顧客に一貫した購買体験を提供できるようにする。組織横断的な支援体制の構築オンライン販売チームと店舗スタッフが連携し、ECサイトの顧客対応を充実させる。以下の記事では、DXが失敗する理由や解決策について、詳しく解説しています。自社のDX推進を成功させるための手がかりとして、併せてご覧いただくことをおすすめします。DXが失敗する7つの理由|よくある課題と解決策を解説DX成功のための5つの教訓これまでの失敗事例を踏まえ、DXを効果的に進めるためには、以下の5つのポイントを意識することが重要です。教訓補足DXの目的を明確にする単なるIT導入に終わらせるのではなく、「なぜDXを推進するのか」を明確にし、経営目標と連携させることが不可欠。現場と密に連携する経営層の判断だけでなく、現場の意見を取り入れながら進めることで実用的で効果のあるDXを実現できる。スモールスタートで試行を重ねる一度に大規模な変革を行うのではなく、小規模な導入から始め、課題を洗い出しながら徐々に拡大することでリスクを抑えられる。専門チームを組織するDX推進を担う専門チームを設け、社内に知見を蓄積することで、継続的なDXの推進につなげられる。データ活用により継続的な改善を図るデータを活用して現状を可視化し、具体的な改善策を導き出すことが重要です。例えば、業務プロセスの効率化を目指す場合は、各プロセスの処理時間やエラー発生率をデータで分析し、ボトルネックを特定します。また、顧客対応の改善を図る場合は、顧客の行動データやフィードバックを分析し、サービスの最適化につなげます。このように、データを活用してPDCAサイクルを回しながら改善を重ねることで、持続的なDXの効果を生み出せます。DXを成功させるための進め方のポイントについて、詳しくは以下の記事で解説しています。併せてお読みいただくことで、DXの効果的な推進につながりますので、ぜひご覧ください。DXの進め方とは?7つのステップと成功のポイントを解説まとめDXの失敗は決して珍しいものではなく、多くの企業が試行錯誤を繰り返しています。しかし、失敗事例を分析し、そこから学ぶことで、同じ失敗を繰り返さずに済みます。DXは一度きりの取り組みで完結するものではなく、継続的な改善が求められます。成功へのカギは、計画の精度、現場との連携、そして柔軟な対応にあります。失敗を恐れず学び続けることが、DXを成功させるための最大のポイントです。本記事で紹介した教訓を参考に、自社のDX推進に生かしていきましょう。