近年、テクノロジーの進化に伴い、多くの分野でAIの導入が進んでいます。AIの性能を最大限に引き出し、信頼性を高めるためには「ヒューマンインザループ(HITL)」という概念が重要となります。ヒューマンインザループとは、人間がAIの学習、トレーニング、意思決定プロセスに積極的に関与することを指します。本記事では、AI開発においてヒューマンインザループが重要な理由やそのメリットについて解説します。代表的な導入事例も紹介していますので、ヒューマンインザループの重要性を理解し、AI開発における効果的な導入の仕方を把握するうえでお役立てください。ヒューマンインザループとは?ヒューマンインザループ(HITL:Human-in-the-Loop)とは、人間との相互作用がシステム内に含まれることを指す言葉です。一例を挙げると、フライトシミュレーターやドライビングシミュレーターなどで、操作者がシミュレーションに参加することが挙げられます。人間が機械の苦手な部分(例:意思決定や判断、制御など)を補うことで、システムが機能します。最近では、AI・機械学習の分野でもヒューマンインザループという用語が頻繁に使われるようになっています。AI分野におけるヒューマンインザループは、データ収集や前処理、モデルの訓練、運用監視、継続的なアップデートなどのプロセスにおいて、人間のフィードバックを取り入れることを意味する言葉です。AIモデルの苦手な部分(例:判断の微調整や予期しない状況への対応)を人間の判断・介入で補うことで、より高精度で信頼性の高いAIシステムを構築できるようになります。そのため、ヒューマンインザループは「人間参加型のAI」とも呼ばれています。ヒューマンインザループがAI開発で重要な理由AI開発において、ヒューマンインザループのアプローチは主に以下の理由で重要であると考えられています。品質保証と精度向上エッジケースへの対応倫理と信頼性の確保それぞれの理由について、順番に詳しく解説します。品質保証と精度向上技術の進化に伴い、さまざまな分野でAIの応用が進んでいますが、その品質を保証し、精度を向上させるためには、ヒューマンインザループのアプローチが不可欠です。まず、ヒューマンインザループは、AI開発の品質保証において重要な役割を果たします。例えば、ヒューマンインザループでは、AIモデルのトレーニングに使用するデータセットのラベリング作業を人間が行うことで、データの正確性の保証を図ります。正確なデータを使用することで、AIのトレーニングが効果的に行われ、モデルの精度が向上するでしょう。ヒューマンインザループの一環として、トレーニング後のAIモデルを人間が検証し、予測結果の妥当性を評価する(例:画像認識モデルが正しく分類できているかチェックする)こともあります。このように人間の専門知識を活用すれば、AIモデルの性能を客観的に評価し、必要な修正を加えることが可能です。また、ヒューマンインザループは、AIモデルの精度向上にも大きく寄与します。一例を挙げると、人間がデータの収集と選定を行うことで、AIトレーニングに使用するデータセットが偏らないようにすることがあります。多様なデータを用いることで、AIモデルがさまざまな状況に対応できるようになり、予測精度の向上につながります。人間がAIモデルのパラメータ調整やアルゴリズムの改良を行い、モデル性能の最適化を図ることもあります。このように人間が微調整を繰り返すことで、AIモデルの精度が向上するでしょう。エッジケースへの対応実際の環境でAIシステムがうまく機能するためには、通常の状況だけでなく、エッジケースにも対応できることが求められます。エッジケースとは予測不能な状況や異常なデータが含まれるケースのことであり、これに適切に対応することはAIの信頼性向上において重要です。エッジケースには主に以下のようなものが含まれます。異常なデータ:データセットに含まれない異常なデータやノイズ予測不能な状況:学習データに含まれていない状況や新たなパターン例外的なシナリオ:一般的ではないが発生する可能性のあるシナリオヒューマンインザループは、エッジケースに対応するための効果的なアプローチです。例えば、自動運転車が予測不能な交通状況に遭遇した際に、人間のオペレーターがリアルタイムで介入し、適切な判断を行います。人間の介入により、AIが対処できない特殊な状況にも対応可能となり、システム全体の安全性・信頼性が向上します。また、AIの判断結果を人間がレビューし、誤りがあれば修正して、その情報をフィードバックとしてモデルに反映させることもあります。継続的なフィードバックにより、モデルがエッジケースに対する学習を繰り返し、改善を続けることが可能です。倫理と信頼性の確保AIシステムが社会に広く受け入れられるためには、倫理的な観点からの配慮も欠かせません。ヒューマンインザループのアプローチにより、AIの意思決定プロセスに人間の倫理的判断を取り入れることで、倫理性と公正性を確保できます。例えば、人間がデータのバイアスを検出して修正を行うことで、AIが特定のグループに対して偏見を持たないようにします。これにより、公正で公平なAIシステムを構築でき、社会的な不公正を防ぐことが可能です。患者の利益を最優先に考慮するために、医療AIが治療方針を提案する際、倫理委員会の判断を組み込むこともあります。AIが道徳的に適切な判断を下せるようになり、倫理的な問題を解決できるでしょう。また、AIシステムの信頼性を高めるうえでも、ヒューマンインザループの導入が欠かせません。人間がAIの判断やプロセスを監督・評価することで、信頼性を確保できます。例えば、AIの意思決定プロセスを人間が理解しやすい形に整理します。ユーザーやステークホルダーに対してAIの判断理由を明確に伝えられるようになり、透明性・信頼性を確保できます。AIが異常な判断を下した場合に備えて、人間が介入して修正するシステムを構築することもあります。これにより、異常な動作や誤判断を迅速に修正でき、AIシステムの信頼性の確保が可能です。なお、AIはDX推進において欠かせない技術です。AIとDXの関係性について理解を深めたい場合は、以下の記事をご覧ください。DXでAIは重要な技術!関係性、活用のポイント、注意点【事例あり】ヒューマンインザループのメリット近年、ヒューマンインザループは、AI分野において重要度が増しています。ヒューマンインザループの主なメリットを3つ紹介します。バイアスの軽減ヒューマンインザループにおけるラベリングにより、データに含まれるバイアスを軽減できます。AIモデルの学習を進めるためには良質かつ多様なデータが必要ですが、データの中にはその条件を満たさないものが含まれることもあります。ヒューマンインザループにおけるラベリングにより、バイアスが入り込んだデータがそのまま使われるリスクを下げられます。ラベリング作業者が主体的にデータを検討・見直しを行うことで、AIモデルがさまざまな視点からの学習が可能になり、精度の高い予測を立てられるようになるでしょう。リアルタイムでのフィードバック提供ヒューマンインザループのアプローチにより、人間がリアルタイムでフィードバックを提供できます。これにより、AI・機械学習モデルは迅速に改善され、変化する環境や新たに登場するデータにも柔軟に対応することが可能です。例えば、オペレーターがリアルタイムでチャットボットに介入して適切な回答を提供し、システムにフィードバックを反映させれば、チャットボットの応答の質を向上させられます。ユーザー体験の向上ヒューマンインザループのアプローチを導入することで、AIシステムのユーザー体験が向上します。人間の介入によって提供されるフィードバック・調整により、AIシステムがユーザーのニーズ・期待により的確に応えられるようになります。これにより、ユーザーの満足度が高まり、システム・サービス採用率の向上にもつながるでしょう。ヒューマンインザループの事例本章では、実際にヒューマンインザループのアプローチを取り入れている代表的な事例として、以下の3つを取り上げます。メルカリ画像診断自動運転各事例の概要と導入のポイントを順番に解説します。自社でヒューマンインザループのアプローチを取り入れる際にお役立てください。メルカリ個人が簡単にモノの売り買いが楽しめるフリマアプリを運営するメルカリは、違反出品検知のための機械学習システムにおけるデータパイプライン(※)の構築にあたって、ヒューマンインザループを取り入れています。メルカリでは顧客に安心・安全・公正なマーケットプレイスを提供するためにさまざまな取り組みを行っています。その取り組みの一つが、機械学習システムによる違反出品の検知です。違反検知システムによって検知された違反商品は、カスタマーサポートのオペレーターがすべて確認しています。このアプローチは、違反検知システムのミスで違反ではない商品を実際に消してしまうことを防ぐだけでなく、このときのログの利用によって機械学習モデルの性能を向上させるための工夫です。違反検知のように予測を行いたい対象が時間経過によって頻繁に変化するケースでは、固定されたデータセットからの学習だけでは長期的な精度維持が難しいです。しかし、メルカリの違反検知システムではデータの流れに人間を介入させ、判定すべき対象とその他との境界に位置するデータに対するラベリングを継続的に行えます。このように正確で新しいデータを蓄積し続け、それを用いてモデルの再学習を行うことで、機械学習システムの精度を保っています。※複数のソースからデータを収集、分析し、データを理解しやすい形で提示するために使用するプロセスとツール参考:mercari engineering「機械学習とHuman-in-the-Loopで優勝する違反検知の話」画像診断画像診断システムにおいても、ヒューマンインザループのアプローチが大いに活用されています。AIが誤ってラベル付けした画像を人間が訂正することで、モデルの誤差が減少し、認識精度が向上します。特に医療分野における画像診断では、ヒューマンインザループの導入が大きな成果を上げています。医療画像診断は、X線、CTスキャン、MRIなどの医療画像を解析して病変を検出するプロセスです。この分野では、AIが迅速かつ高精度に画像を解析する一方で、人間である医師が最終的な判断を行うことで、診断精度・信頼性が向上し、患者の安全が確保されます。例えば、医療画像に対して病変部位を示すラベルを医師が付け、これをもとにAIモデルのトレーニングを図っています。高品質なラベル付きデータを用いることで、AIモデルの精度が向上し、病変検出の信頼性向上につながっています。また、AIが画像を解析して疑わしい病変部位をハイライト表示させ、この情報を参考に医師が最終診断を行うこともあります。AIが提示する情報により、医師は効率的かつ正確に診断を行えるようになり、診断時間の短縮と精度の向上が期待できます。自動運転自動運転技術は、車両が道路上で安全に走行できるようにするための高度なAIシステムに依存しています。しかし、AIのみでは対応しきれない複雑な状況が存在するため、人間の監視と介入が必要です。ヒューマンインザループのアプローチにより、自動運転システムの信頼性と安全性が向上します。例えば、自動運転車のカメラ・センサーが収集した運転データの中で、歩行者・信号・標識などに人間がラベルを付け、AIモデルをトレーニングしています。ラベルの付いたデータを用いることで、AIモデルの精度が向上し、安全な走行が可能になります。また、自動運転車が走行中に複雑な交通状況や予期しない障害物に遭遇した際、人間のオペレーターがリアルタイムで状況を監視し、必要に応じて車両の制御を引き継ぐといった技術も開発・運用されています。AIが対応できない状況でも、安全に対応でき、事故を未然に防ぐことが可能です。参考:NEC「デジタルトランスフォーメーションを加速するAI活用サービス・ソリューション 通信予測制御技術を活用した車両の遠隔監視ソリューション」まとめヒューマンインザループとは、人間がAIの学習や意思決定プロセスに積極的に関与することで、AIの性能を最大化し、信頼性を高める手法です。ヒューマンインザループのアプローチは、AI技術の進化とともにますます重要性を増しています。AIシステムの精度向上や信頼性確保に大きく貢献しており、多くの分野で実用化が進んでいる状況です。AIと人間の協力により、より高度で信頼性の高いシステムが構築され、多くの分野で革新をもたらすでしょう。AIの力を最大限に引き出すためには、人間の知識・判断の活用が不可欠です。今後もヒューマンインザループのアプローチを積極的に取り入れ、AI技術の発展とともに安全で信頼性の高いシステムを構築していくことが重要です。