2023年にデータサイエンティスト協会が実施した一般ビジネスパーソン向けの調査で、「職場におけるAIの導入状況」(職場でAIが導入されているか、または業務でAIを使用した経験があるか)について尋ねたところ、日本における生成AIの導入率は13.3%であることがわかりました(アメリカでは30.2%でした)。アメリカと比べると約2倍の差がありますが、日本でも生成AIの可能性に注目し、業務効率や生産性の向上を目指して生成AIを導入する企業が増えています。これからは、生成AIを業務に取り入れることがさらに重要になると考えられます。しかし、「生成AIを社内に導入したいが、どう進めて良いかわからない」「どこから手をつければ良いのか、導入手順を知りたい」と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。この記事では、生成AIの導入を担当している方や、AIプロジェクトの計画に悩んでいる方向けに、生成AIを社内に導入するための手順や注意点、具体的な事例についてわかりやすく説明します。参考:一般社団法人データサイエンティスト協会「Data of Data Scientist シリーズ vol.47『13.1%-職場におけるAI導入率』」生成AIを社内導入するステップ生成AI(Generative AI)とは、人工知能の一種であり、テキスト・画像・音楽・映像などのコンテンツを生成する能力を持つものです。この生成AIを社内業務に取り入れるとき、具体的にどのようなステップを行っていけばいいのか、悩む方は多いです。生成AIを社内導入する際の基本的な流れは以下のとおりです。生成AIの活用目的を策定AIに任せたい業務をリストアップAIガバナンス体制を構築具体的に使用する生成AIを選定実践と改善ここからは、生成AIを社内業務に導入する際のステップを1つずつ詳しく解説します。ステップ1:生成AIの活用目的を策定まず、生成AIを自社に導入することで何を達成したいのか、具体的な目的を明確にしましょう。目標がはっきりしていれば、どのデータが必要かを判断する際に役立ちます。また、関係者やステークホルダーとの意見の調整がしやすくなり、プロジェクトの範囲や成功の基準、進捗の管理もスムーズに進めることができます。以上の理由から、生成AI導入の目的や目標は社内で共有し、ステークホルダー全員の理解と合意を得ることが重要です。ステップ2:AIに任せたい業務をリストアップ生成AIを導入する目的が明確になったら、次にAIに任せたい業務を具体的に選び出しましょう。どの業務に生成AIを活用するかによって、選ぶべきAIツールも変わってきます。例えば、顧客からの問い合わせ対応を効率化したい場合は、AIチャットボットが適しています。また、社内で使うイラストを作成するのであれば、画像生成AIを選ぶのが良いでしょう。「生成AIを導入したけれど、期待していた場面で使えなかった」「導入したものの、何に活用すればいいのかわからない」といった失敗を避けるためにも、事前に生成AIに任せる業務をしっかりと選定しておくことが大切です。ステップ3:AIガバナンス体制を構築AIを導入する際に多くの企業が直面する課題の一つが、社内でのAI運用におけるガバナンス体制の整備です。ガバナンス体制とは、簡単に言うと、運用のルールや仕組みを管理するための方法です。具体的には、AIの適切な使い方や、トラブルが発生した際の対応策を事前に定めておくことが含まれます。生成AIは非常に便利ですが、導入にはさまざまなリスクも伴います。リスクに対策を講じておかないと、企業に大きな損害をもたらす可能性があります。そのため、万が一のトラブルに備えて、AIガバナンス体制をしっかりと整えておくことが不可欠です。生成AIを社内に導入するメリットやデメリット、リスク回避のための対策については、以下の記事で詳しく解説していますので併せてご覧ください。生成AIのメリットとデメリットとは?デメリットの対策も解説ステップ4:具体的に使用する生成AIを選定社内でAIを活用する準備が整ったら、次に具体的にどの生成AIを使うかを選定しましょう。「生成AI」とひとくちに言っても、その種類は多岐にわたり、テキスト生成や画像生成など、それぞれ特化している分野が異なります。自社の目的に最も適したAIを選ぶことが重要です。生成AIの種類や具体的なツール・サービスの特徴を知りたい場合は、以下の記事に詳しくまとめていますので、併せてお読みいただくことをおすすめします。生成AIの種類一覧と注目サービスの紹介生成AIの種類や使用目的によって異なりますが、社内導入の際にはAPI(※)を利用するケースも多いです。また、必要な環境や人材が揃っている場合、社内で生成AIを開発することも選択肢の一つです。※「アプリケーション・プログラミング・インターフェース(Application Programming Interface)」の略称。ここでは「生成AIの機能を独自のアプリケーションやサービスに組み込むための仕組み」を指す。ステップ5:実践と改善最後に、生成AIの実践と改善プロセスに入ります。生成AIのAPIやツールを組み合わせて実際の業務に導入していく際には、予期しない不具合や学習システムの遅延といった問題に直面することがあります。また、ユーザーが悪意のある質問や命令を生成AIに入力すると、その内容をAIが学習してしまうリスクがあるため、慎重な運用が求められます。さらに、生成AIの言語理解能力を向上させたり、ツールをアップデートしたりすることも必要です。上記のような点を踏まえて、もしも運用に不安がある場合は、生成AIに精通した外部の専門家を招くか、解析や改善を専門とするサービスを利用することも検討すると良いでしょう。生成AI導入の注意点生成AIは、特別なプログラミングの知識がなくても、「プロンプト」と呼ばれる指示文を入力するだけで、文章やプログラムのコード、画像などを自動で作成できる点が大きな魅力です。その利便性の高さゆえに、ビジネスの現場でも導入が進んでいます。しかし、その一方で注意すべき点もいくつかあります。特に重要なのは、次の5つのポイントです。情報漏洩のリスク著作権などの権利侵害誤った情報の出力コストがかかる社内教育とトレーニング体制の不整備それぞれの注意点について、順番に詳しく解説します。情報漏洩のリスク第一に、セキュリティリスクに十分な注意が必要です。生成AIは機械学習を基盤としており、プロンプトに入力された情報が学習データとして使用されることがあります。例えば、従業員の個人情報や顧客情報、製品開発の機密事項や会計情報などを入力すると、これらの情報が将来的に漏洩したり、プライバシーが侵害されたりするリスクが生じる可能性があります。特に、業務で生成AIを活用する場合には、機密情報の取り扱いに関する厳格なルールを設けることが不可欠です。著作権などの権利侵害生成AIを使用する際の重要な注意点の一つは、権利の侵害に関するリスクです。生成AIが学習に使用したデータセットに、ウェブサイトのテキストや小説、人物の肖像、映像、音楽などが含まれている場合、これらに似たコンテンツが生成されることによって、著作権や肖像権などを侵害する可能性があります。たとえば、画像生成AIが既存の商標と非常に似たロゴを作成し、その結果、権利者に不利益を与えた場合、損害賠償や使用の差し止めを求められるリスクが生じます。誤った情報の出力生成AIを使用する際に特に気をつけたいのが「ハルシネーション」と呼ばれる現象です。これは、生成AIが事実に基づかない誤った情報を作り出すことを指します。ハルシネーションは、出力された内容全体が誤っている場合や、一部に誤りが含まれている場合、あるいはプロンプトの文脈と全く異なる内容が生成される場合など、さまざまな形で現れます。生成AIは過去に学習したデータに基づいてコンテンツを生成するため、誤情報が含まれる可能性があり、過信することは避けるべきです。また、たとえ誤情報ではないにしても、生成AIはコンテンツ生成のプロセスが不透明で、出力結果の根拠がわかりにくい場合があります。例えば、報告書やプレゼン資料の作成に生成AIを活用する場合、その内容の信頼性が不明確だと問題になることがあります。多くの生成AIは回答の背後にあるロジックが不明瞭なので、生成された内容を手動で確認し、精査する必要があるケースが多い点に要注意です。コストがかかる導入する生成AIの種類によっては、高額な費用がかかるツールやソフトウェアも存在します。特に、工場や倉庫などで使用する検査システムのように規模が大きい場合、それだけコストも増加するでしょう。そのため、計画なしに生成AIを導入することは避けるべきです。導入前に費用対効果をしっかりと計算し、計画的に検討することが重要です。社内教育とトレーニング体制の不整備生成AIを業務に活用する際には、セキュリティインシデントや権利侵害といったリスクを考慮し、しっかりとした運用ルールの策定と周知が不可欠です。具体的には、著作権や知的財産権の遵守、個人情報の保護、偏見や差別的なコンテンツの排除、盗用や模倣の防止などを含む厳格な運用ルールを設定し、利用範囲を限定することで、リスクをできるだけ抑えることができます。これらの運用ルールを整備するだけでなく、組織全体のセキュリティ意識を高めることも同様に重要です。そのために、情報セキュリティに関する研修や教育プログラムを導入し、全従業員にセキュリティポリシーを徹底させる必要があります。また、パスワードの定期的な変更や二要素認証の導入などのセキュリティ対策を講じることも大切です。そのほか、生成AIの基本的な仕組みや概念についての理解を深めることも欠かせません。とはいえ、ノウハウやリソースの観点から、生成AIについて社内で教育体制を整えることは容易ではありません。適切かつ効率的に社内教育を行いたい場合は、生成AI活用に関する専門知識を備えた外部の研修・教育機関のサポートを受けるのも一つの方法です。弊社、株式会社SIGNATEでは、生成AIに関するリテラシー及び活用スキルを座学とワークショップのハイブリッド形式で習得できる『生成AI活用スキル習得ワークショップ』を提供しています。生成AI活用のボトルネックである「生成AIを活用すべき業務の特定」と実務を題材にした「ChatGPTカスタムプロンプト開発」経験の蓄積に特化し、社内で生成AIを適切に活用かつ推進できる人材の発掘・育成を実現します。また、弊社が提供するDX人材育成プラットフォーム『SIGNATE Cloud』では、AIに関連する一般的な知識からAIを実装するための具体的なコーディングスキルまで、AI全般に関する知識・スキルを習得できる講座を豊富にご用意しています。AI開発の実務工程を課題解決型で学ぶ応用学習講座では、学んだ知識・技術を具体的なプロジェクトで疑似体験できるため、業務で実践可能なレベルのスキル定着も可能です。ご興味のある企業様は、ぜひお気軽にお問い合わせください。お問い合わせはこちら生成AIの活用事例ここまで読めば、生成AI導入の流れや注意点を把握できたはずです。しかし、生成AI導入後の具体的な活用方法をイメージしにくい方も少なくありません。そこで、本章では生成AIの代表的な3つの活用事例をご紹介します。チャットボット生成AIをチャットボットに活用する事例は多く見られます。チャットボットは、ユーザーからの質問に対して自動で回答するシステムです。時間や人手に制約されず、均一なサービスを提供できるのが大きな利点です。生成AIをチャットボットに導入することで、複雑な質問にも的確に対応できるだけでなく、追加の有益な情報を提供するなど、人間との対話に近い柔軟な対応が可能になります。例えば、2022年9月、大手航空会社の日本航空(JAL)では、AIチャットボット「AIChat」をリリースし、日本を含む世界26の地域で「チャット自動応答サービス」を提供しています。このシステムは、JAL便の予約や購入、運行状況、搭乗手続きなどの一般的な問い合わせだけでなく、世界情勢の変化や入国制限、減便、運休など、タイムリーな情報にも自動で対応できるよう設計されています。また、総合化学メーカーの帝人株式会社では、社内の問い合わせ対応にAIチャットボットを導入しています。従業員がイントラサイトで情報を見つけられない場合、AIチャットボットが対応することで、バックオフィス業務の効率化を図っています。参考:PR TIMES「JAL、世界26地域・Webサイト47ページに英語版AIチャットボットを一斉リリース ~海外入出国緩和に合わせて最短2か月で導入、回答範囲カバー率92%へ」建築業界建築業界でも、生成AIの導入・活用が進んでいます。例えば、2022年3月、大林組では、設計の初期段階を効率化するために生成AIを活用したツールの開発を発表しました。このツールを使用すると、スケッチやコンピュータで作成した3Dモデルから、建物の外観デザインを複数提案してもらえます。これにより、迅速にデザイン案を生成でき、従来は設計者が手作業で行っていた時間のかかるプロセスの大幅な短縮が実現します。その結果、設計者は顧客のニーズを迅速に形にし、意見のすり合わせをスムーズに進められるため、最終的なデザインへの合意を早めることが可能です。参考:大林組「建築設計の初期段階の作業を効率化する「AiCorb®」を開発」広告業界広告業界では、パルコが生成AIを活用した事例が有名です。2023年10月、パルコは、最新の画像生成AIを使って「HAPPY HOLIDAYSキャンペーン」のファッション広告を制作・公開しました。この広告では、モデルを実際に撮影せず、人物から背景に至るまですべての要素をAIが生成しました。さらに、グラフィックやムービーだけでなく、ナレーションや音楽もすべて生成AIで作成されています。人間のモデルを使わず、AIが生成したモデルを使用することで、独特のモード感を持つ新しいスタイルのファッション広告を実現しています。参考:PR TIMES「パルコ初の生成AI広告「HAPPY HOLIDAYSキャンペーン」が公開!グラフィック・ムービー・ナレーション・音楽まで全て生成AIにて制作!」まとめ生成AIを社内導入する際の基本的な流れは以下のとおりです。生成AIの活用目的を策定AIに任せたい業務をリストアップAIガバナンス体制を構築具体的に使用する生成AIを選定実践と改善生成AIにはリスクや考慮すべき点が多々ありますが、それでも導入することで得られるメリットは非常に大きいです。生成AIの運用が安定すれば、社内の業務効率が向上し、従業員の負担も軽減されるでしょう。生成AIの導入は、今後のビジネス競争において不可避です。対応が遅れると、競合他社に後れを取る可能性がありますが、逆に今から生成AIの導入を進めることで、業界内で優位に立つチャンスを掴めるかもしれません。この記事を参考に、生成AIの社内導入を検討してみてはいかがでしょうか。