近年の日本において、DXは企業の競争力を高め、効率的な業務運営を実現するために不可欠な取り組みとされています。しかし、DX推進にあたって、DX人材の不足が大きな課題となっているのが現状です。多くの企業がDXの必要性を認識しながらも、専門知識やスキルを持つ人材が不足しており、プロジェクトが思うように進まないケースが増えています。DX人材の不足は日本国内のみならず世界的な課題ですが、特に日本企業ではITスキルを持つ若年層の人材確保が難しい傾向にあります。これは、優秀な若年層がリモートワークや柔軟な働き方を求める中で、日本企業が依然として年功序列や新卒一括採用の体制を維持しているため、求められる環境と合致しないことが一因です。また、急速に進化するデジタル技術に対応するためには、継続的なスキルアップが必要なため、単なる採用だけでなく、既存社員の再教育やスキル開発も併せて取り組む必要があります。本記事では、DX人材の不足の現状や原因について、具体的なデータをもとに詳しく解説します。企業がDX人材の不足という課題にどのように対応していくべきか、具体的な施策や対応策も紹介しますので、ぜひ参考にしてください。DX人材の不足とは?デジタルトランスフォーメーション(DX)は、企業の競争力を高めるために欠かせない要素です。しかし、DXを推進するための専門人材(DX人材)が不足しており、この状況が日本企業の成長にとって大きな課題となっています。なお、「DX人材」に明確な定義は存在しませんが、経済産業省の資料「DXレポート2」では、DX人材の定義は以下のように紹介されています。自社のビジネスを深く理解したうえで、データとデジタル技術を活用してそれをどのように改革していくかについての構想力を持ち、実現に向けた明確なビジョンを描ける人材DXを進めるためには、単にデジタル技術に詳しいだけの人材では不十分です。DXの成功には、デジタル技術と業務プロセス、さらにはビジネス全体の戦略を総合的に理解し、統合的に運用できるスキルが求められます。具体的には、技術的な知識だけでなく、DXが企業のビジネスモデルや業務フローにどのように影響を及ぼすかを理解し、全体を統括できるリーダーシップが必要です。したがって、技術部門のみならず、事業部門でもDXの理解を深め、協力して推進する体制が不可欠です。DX人材に求められるスキルや役割について、詳しくは以下の記事で解説しています。DX人材とは?定義やスキル、7つの職種を解説参考:経済産業省「DXレポート2(中間取りまとめ)」2020年12月28日DX人材不足の現状独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)が発表した「DX動向2024」によると、企業の62.1%がDX人材の不足に直面し、深刻な問題となっていることが示されています。本章では、日本企業でDX人材が不足している現状について、IPA発表の資料をもとに詳しく紹介します。DX人材不足の拡大と深刻さ出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「DX 動向 2024 - 深刻化する DX を推進する人材不足と課題」2024年7月25日 図表 2-1IPAの調査によると、DXを推進する人材の不足は近年、急激に拡大しています。2023年度の調査では62.1%の企業が「DX人材が大幅に不足している」と感じており、前年(49.6%)・前々年(30.6%)の数値を見ても、年々深刻さが増している状況です。また、全回答企業のうち85.7%の企業が、程度の大小に関わらずDX人材不足の課題を抱えていることがわかっています。一方のアメリカ企業(2022年度)では、DX人材の「過不足はない」との回答が5割を超えており、日米での差異が著しい状況です。なお、DXを推進するうえでの課題は、人材不足以外にもさまざまあります。以下の記事では、DX推進における課題について、専門機関によるデータをもとにわかりやすく解説していますので、併せてお読みいただくことをおすすめします。DX推進の課題とは?2024年最新データと対策を解説DX人材不足が特に深刻な職種経済産業省とIPAは、DX推進に必要なスキルを定めたデジタルスキル標準(DSS)の中で「DX推進スキル標準」を策定し、DX推進における人材の役割や求められるスキルを標準化しました。また、DXを進めるために必要な5つの人材タイプを提示しています(下表)。人材類型定義ビジネスアーキテクトDXの取り組み(新規事業の開発や既存事業・社内業務の高度化、効率化)において、目標設定から実施、そしてその後の効果検証までを、関係者を調整しつつ一貫して推進する役割を担う人材デザイナービジネスや顧客・ユーザーの視点を総合的に捉え、製品やサービスの方向性や開発プロセスを策定し、それに基づいて具体的な製品・サービスのデザインを行う人材データサイエンティストデータを活用して業務の変革や新規ビジネスの実現を図るために、データの収集、分析の仕組みを設計し、実装・運用を行う専門家ソフトウェアエンジニアデジタル技術を活用した製品やサービスの提供に向け、システムやソフトウェアの設計・開発・運用を担当する技術者サイバーセキュリティデジタル環境での業務プロセスを保護し、サイバーセキュリティリスクを最小限に抑える対策を行う専門家「DX動向2024調査」によると、上記5つの人材タイプのうち、最も不足しているのは「ビジネスアーキテクト」で、次いで「データサイエンティスト」が不足しています。出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「DX 動向 2024 - 深刻化する DX を推進する人材不足と課題」2024年7月25日 図表 2-3ビジネスアーキテクトはDXの推進を主導する職種であり、多くの企業で高い需要があります。また、データサイエンティストの需要は、データの活用ニーズの高まりに起因していると考えられています。ビジネスアーキテクトIPAの調査では、41.9%の企業がビジネスアーキテクトを「最も不足している人材」であると考えています。DXを進めるにあたっては、目的の明確化や社内外の関係者を巻き込むことが不可欠です。そのため、DXを推進する企業にとってビジネスアーキテクトの存在は非常に重要です。ビジネスアーキテクトには、データ活用やテクノロジー、セキュリティなどに関する一定のスキル・知識に加え、ビジネス変革(戦略、マネジメント、システム、ビジネスモデル、プロセス、デザイン)に関するスキル・知識も求められます。しかし、このような幅広い役割を担える人材の確保は容易ではありません。そのため、DXの推進にはビジネスアーキテクトの役割が重要であるとの理解のもと、組織全体でその役割をカバーできるような推進体制や組織設計を行うことも必要となります。ビジネスアーキテクトの不足は特に深刻であり、DX推進に成功している多くの企業がこの役職の重要性を認識しています。しかし、多くの企業でビジネスと技術の両方に精通する人材を見つけることが難しい状況です。ビジネスアーキテクトの詳細は、以下の記事で取り上げています。ビジネスアーキテクトとは?役割、業務、必要なスキル|DX推進スキル標準データサイエンティストIPAの調査では、回答企業のうち19.1%がデータサイエンティストを「最も不足している人材」であると考えています。データサイエンティストには、データ分析能力やAIモデリングなどのスキルが求められます。データサイエンティストの不足は、新規事業の開発やプロジェクトの効率化を妨げる大きな要因です。データサイエンティストは、膨大なデータを分析し、ビジネスの意思決定に活用するためのAIモデルやアルゴリズムの構築を担います。そのため、データに基づいた意思決定が遅れることで、プロジェクトが非効率になり、迅速な新規事業の展開が難しくなっています。データサイエンティストについて詳しく知りたい場合は、以下の記事をご覧ください。DX推進スキル標準のデータサイエンティスト|役割、業務、必要なスキルDX人材不足の影響DX人材が不足している企業では、DX推進にあたって以下のような悪影響を受けるおそれがあります。DX推進の停滞内製化プロジェクトへの障害それぞれの影響について、順番に解説します。DX推進の停滞出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「DX 動向 2024 - 深刻化する DX を推進する人材不足と課題」2024年7月25日 図表 3-1DX推進の停滞は、企業全体の成長を妨げる大きな要因となっています。DX人材が不足する結果として、企業がDXの初期段階で立ち止まるケースが多く、競争力の低下が懸念されています。IPAの調査によると、DX に取り組んでいない企業18.9%のうち、「DXに取り組む予定がない」または「DXに取り組むかどうかわからない」と答えた企業の割合は87.3%に上ります。また、その理由として「DXの戦略立案や全体を管理する人材が不足している」や「現場でDXを推進・実行する人材が不足している」と答えた企業が多いことが明らかになっています。さらに、「DXに必要な知識や情報が不足している」「スキルが足りない」といった理由も多く挙げられており、こうした人材やスキルの不足が、企業がDXに取り組まない、あるいは取り組めない主な要因となっています。内製化プロジェクトへの障害IPAの調査では、システム開発の内製化を目指している企業のうち87.4%が、必要なスキルを持つ人材の確保・育成に課題を感じていることもわかっています。DXに着手し始めた段階の企業では内製化を含めさまざまな取り組みを行う必要がありますが、各取り組みの実施において人材不足が課題となっている状況です。DX人材不足の原因本章では、日本企業においてDX人材が不足している主な原因として、3つの内容をピックアップし、順番に解説します。1. 必要なスキルのミスマッチ出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「DX 動向 2024 - 深刻化する DX を推進する人材不足と課題」2024年7月25日 図表 4-3IPAの調査報告によると、DX推進にあたって企業が求めるスキルと採用市場にいる人材が持つスキルとの間でミスマッチが発生している状況が見て取れます。実際、DXを推進する人材の獲得・確保に関する課題として、約3割の企業が「要求水準を満たす人材にアプローチできない」点を挙げている状況です。必要なスキルのミスマッチ発生により、例えばDXにおけるデータ分析やAI関連のスキルを企業が必要とする一方で、それを満たす人材の獲得・確保が難しく、DXをスムーズに推進できないといった問題が起こっています。2. 人材評価基準と人材像の不明確さ企業がDX人材を採用・育成する上で、DX人材の評価基準が不明確な企業ほど人材不足が深刻であることもわかっています。IPAの調査によれば、DXを推進する人材の獲得・確保に関する課題として、4割近い企業が「戦略上必要なスキルやそのレベルが定義できていない」「採用したい人材のスペックが明確でない」点を挙げており、この不明確さが採用と育成の障害になっています。このことから、DX推進にあたっては、採用段階だけでなく、採用の前段階にも課題(例:自社に必要な人材の定義が難しい)が立ちはだかっていることがわかっています。3. 採用難と処遇の魅力不足専門的に高度なスキルを持つDX人材の市場競争が激化している中で、DX を推進する人材の獲得・確保の課題として、「魅力的な仕事を用意できない(24.1%)」「魅力的な処遇が提示できない(41.3%)」「働く環境や就業形態などが応募者の条件に合わない(18.4%)」といった回答をする企業も少なくありません。スキルの高い人材は、報酬だけでなくリモートワークやフレックス制度など柔軟な働き方を重視する傾向が強まっています。これは、ワークライフバランスを保ちながら自己成長を図ることができる環境が求められているためです。そのため、こうした柔軟な働き方を提供できない企業は、優秀な人材にとって魅力が薄れ、採用競争で不利になる可能性が高まります。特に、リモートワークの普及によって、場所に縛られず働ける環境を提供する企業が増えているため、柔軟な働き方の重要性が増しています。DX人材不足への対応策ここまでに示したDX人材不足の現状や原因などを踏まえて、本章では今度講じていくべき対応策として3つの内容をピックアップし、順番に解説します。1. 社内人材の育成出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表3-9DX推進にあたって、企業では外部人材の採用だけでなく、OJTや専門研修プログラムといった体制の整備を通じて社内人材を育成していくことも有効です。DX人材の育成には多大な時間と労力が必要ですが、企業が安定的かつ持続的にDX人材を確保し、競争力を向上させるためには不可欠な取り組みです。また、社内人材は、外部からの採用人材とは異なり企業文化への適応が容易であり、即戦力としての活用が期待できます。実際にIPAの調査によると、DXを推進する人材を育成する予算の増減について「大幅に増やした」「やや増やした」と回答した企業の割合は、DXの成果が出ている企業の方が、成果の出ていない企業に比べて高いことがわかっています。社内人材の育成方法としては、座学によるスキルの習得のほか、OJT(職場での実践指導)や外部でのDX研修などがあります。単に育成するだけでなく、それを見据えた中長期的な採用戦略も併せて求められるでしょう。弊社ではデジタルスキル標準に完全対応で、DXスキルアセスメントから自社ケースの実践まで、学びと実務支援が一体となった教育プラットフォーム『SIGNATE Cloud』を運営しています。『SIGNATE Cloud』は人材の発掘から育成、そして学んだことを実際の業務につなげることが可能です。ご興味のある企業様はお気軽にお問い合わせください。お問い合わせはこちら2. 外部リソースの活用出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月 図表2-12DX推進にあたっては、そのために必要な専門スキルを持つ外部のリソースを活用することも重要です。DX人材や知見が不足している状況でも、DX推進をスピーディーに着手できます。IPAの調査では、事業戦略やITシステムの開発にあたって、「コア事業/競争領域」や「顧客データを扱うシステム」などの開発で外部委託を行っている企業の割合は3割〜4割を占めていることがわかっています。多くの企業が外部リソースを活用し、プロジェクトを成功に導いている状況です。外部リソースを活用する際は、プロジェクト全体を一度に任せるのではなく、まずは「保守業務の運用から」といった小規模な業務でスタートし、徐々に範囲を広げていく方法も効果的です。段階的に導入することで、初期段階でのリスクを最小限に抑えつつ、プロジェクトの進捗を見ながら改善を加えることができます。また、段階的に取り組むことで社内にノウハウが蓄積されるため、外部リソースの活用がより効率的になり、スムーズな業務拡大が可能になります。スケジュールや予算、社内の状況に合わせて、柔軟にアウトソーシングの範囲を広げていくことで、リスクを抑えた効率的な導入が実現できるでしょう。外部リソースの活用という観点では、アウトソーシングだけでなく、社員紹介によるリファラル採用も、人材不足の解消に寄与しています。3. 評価基準と人材像の明確化出典:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「DX 動向 2024 - 深刻化する DX を推進する人材不足と課題」2024年7月25日 図表 4-10DX人材の採用と育成を成功させるうえで、自社に必要なDX人材像を定義し、明確な評価基準を策定することが大きなカギを握っています。実際にIPAの調査では、人材の評価基準がある企業とない企業で人材の量の確保の状況を比較した場合、「基準がある」企業では、「大幅に不足している」と回答する企業の割合が「基準はない」企業に比べ 25%低いことがわかっています。DX人材の評価基準および自社で必要な人材像を明確化すれば、無駄な採用活動を避けられるようになり、効率的に適切な人材を確保することが可能です。明確な基準は、社内のDX人材のスキルアップを促し、成長をサポートする指針としても機能するでしょう。参考:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)「DX 動向 2024 - 深刻化する DX を推進する人材不足と課題」2024年7月25日 独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)、「IPA DX動向2024」2024年6月まとめDX人材の不足は、DXを進める企業にとって大きな課題です。DX人材の確保が難しい中で、企業がどのように対応していくかが、今後の競争力や成長に直結します。本記事で紹介したようにDX人材不足の原因は多岐にわたりますが、企業が取れる対応策としては、人材育成や外部からのリソース活用、評価基準や人材像の明確化といったアプローチが効果的です。DXの進展に伴い、各企業におけるDX人材のニーズは変化していく事も考えられるため、常に最新の情報を収集しつつ、柔軟な対応を心掛けることが求められます。