DX推進にあたって、企業に求められるスキル・知識は日々変化しています。特にDXを推進する際には、ITスキルやデジタルツールの活用力、データ分析のスキルなど、従来の業務では必要とされなかった新たな能力が求められます。その変化に対応するために、現在多くの企業で注目されているのが、リスキリングです。リスキリングは、単なる社員教育ではなく、企業全体の競争力を高めるための戦略でもあります。DXの波に乗ることで新たなビジネスチャンスをつかめる一方、社員がDX化の波に取り残されないようにするためには、リスキリングを計画的に進めることが重要です。本記事では、DX推進におけるリスキリングの必要性やメリット、具体的な進め方について詳しく解説します。リスキリングがなぜ重要なのか、どのように実施していくべきかについて、わかりやすく説明していきますので、今後のDX推進を考えている企業や従業員の方は、ぜひ参考にしてください。DX推進におけるリスキリングとは?まずは、リスキリングの定義・意味と、DX推進にあたって取り組む意義について順番に解説します。リスキリングとは?リスキリングとは、従業員が新たなスキル・知識を習得し、既存の職務や新しい業務に適応できるようにする取り組みのことです。具体的には、データ分析の基礎としてのExcelやPythonの活用法や、クラウド基盤(AWSやAzureなど)の管理スキル、またSNS広告やSEOツールを効果的に使うスキルの習得が含まれます。リスキリングは単なるスキル・知識の拡充にとどまらず、新しい思考法・行動様式などを学び、変革に適応する力を養うためのプロセスです。変化の激しい現代のビジネス環境では、従来のスキル・経験が時代遅れとなっていくケースがしばしば見られます。こうした中で企業が競争力を維持していくためには、従業員のスキルセットを常に最新のものにアップデートすることが欠かせません。リスキリングの一例としては、製造業におけるIoTやAIなどの導入に伴い、現場作業員がデータ分析や機械学習の基礎を学ぶケースが挙げられます。また、マーケティング部門では、SNSやデジタル広告を活用する新しいアプローチを進めるためのスキル・知識を身に付けるケースもあるでしょう。DXとIoTやAIの関係性について、詳しくはそれぞれ以下の記事で解説していますので、併せてご覧いただくことをおすすめします。DXとIoTの関係とは?違いや活用のメリット、事例を紹介DXでAIは重要な技術!関係性、活用のポイント、注意点【事例あり】リスキリングが企業の継続的な進化のための重要な施策であることに変わりはありませんが、具体的な学びの内容は業種や職種に応じて多岐にわたります。DXにおけるリスキリングの意味DX(デジタルトランスフォーメーション)推進は、企業にとって単なる業務プロセスの変革にとどまらず、新たなビジネスモデルやサービスの創出も含めた包括的な取り組みとされています。この変革を支えるためには、既存社員が新しいスキル・知識を身につけ、企業の中でDX推進の担い手として活躍していくことが重要です。確かに、DXに対応できる人材の需要を満たすうえでは、外部からの採用も効果的です。しかし、それだけでDX推進に対応できる人材の需要を満たすことは難しく、内部の人材育成も同時に進めていくことがDX成功のカギを握っています。DXを推進する際には、IT・デジタルツールの活用、データ分析など、従来の業務では必要とされてこなかった新たな領域のスキル・知識が求められます。DXにおけるリスキリングでは、これらのスキル・知識の習得が目指されています。DXについて詳しく知りたい場合は、以下の記事をご覧ください。DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?定義や必要性、IT化との違いを解説なぜDX推進にリスキリングが求められるのか?DX推進にリスキリングが求められる理由は、主に以下の3つがあります。外部人材の確保が困難組織全体の適応力向上社員エンゲージメントの向上それぞれの理由を順番に詳しく解説します。外部人材の確保が困難DXが進む中で、IT人材の不足は深刻化しています。DX推進に必要な技術が高度化・専門化しているため、企業が求める人材像も変化し、それに伴い供給が追いつかなくなっています。経済産業省のレポートでは、2030年時点でIT人材の不足が最大約79万人に達する可能性があるとされており、これはAIやIoTなど、デジタル技術の急速な普及に対し、スキル習得が追いつかないことが主な原因と考えられます。IT人材不足を補うためには新卒採用や中途採用は有効です。しかし、こうした外部人材の確保には多くのコスト・時間がかかります。また、IT人材不足の状況では、不足するDX人材を採用といった方法で外部調達しようと思っても、必ずしも即戦力を確保できるとは限りません。そこで企業には、既存の社員をリスキリングして育成する施策が求められている状況です。参考:経済産業省「参考資料(IT人材育成の状況等について)」組織全体の適応力向上技術が急速に進化する現代において、社員一人ひとりが新しいスキル・知識を学び、変化に対応する力を養うことが、組織全体の適応力を高める要因となります。社員が新たなスキル・知識を身につけることで、現在の職業や専門分野に固執するのではなく、さまざまな変化に柔軟かつスピーディーに対応できるようになります。その結果、企業は市場の変化や技術の進展に迅速に対応できる体制を構築することが可能です。社員エンゲージメントの向上リスキリングを通じてスキルを向上させた社員は、視野が広がり、新たな視点や考え方を持つようになることが多く、自身の成長を実感することでモチベーションが高まるという大きな利点があります。さらに、企業がリスキリングの制度を通じて成長の機会を提供することで、社員のエンゲージメントが高まり、離職率の低下や生産性の向上にもつながる効果が期待できます。エンゲージメントが高まった社員は、企業の成長に積極的に貢献し、組織全体のパフォーマンス向上に大きく寄与するでしょう。DX推進におけるリスキリングによるメリットDX推進におけるリスキリングの理由を把握したところで、本章では具体的なメリットとして、3つの内容を詳しく解説します。DX人材の採用コスト削減外部からのDX人材採用には、高いコストがかかるものです。リクルートが運営する「就職みらい研究所」が発表した「就職白書2020」によると、2019年度の新卒採用1人当たりの平均採用コストは93万6,000円、中途採用では103万3,000円でした。2018年度の新卒採用の平均コストは71万5000円であり、新卒採用のコストは1年で31%増加したことになります。就職白書2024によれば、2025年卒の採用活動では、5000人以上の大企業で約52.9%、300人未満の中小企業で32.7%が採用費用の増加を見込んでいます。これには、DX推進に伴う高度IT人材の獲得競争や人材市場の需要増加が背景にあると考えられ、採用市場においてDX対応の人材確保がより困難になる可能性が示唆されています。これらのデータから、採用コストは増加傾向にあることが見て取れます。計画どおりに人材を確保できないという課題を抱える企業が多く、採用難易度は高まっている状況です。これに対して、リスキリングを通じて社内でDX人材を育成することで、採用コストを削減できます。それだけでなく、即戦力としてDX推進の業務に貢献させることも可能です。DX人材について、詳細は以下の記事で解説しています。DX人材とは?定義やスキル、7つの職種を解説参考:リクルート 就職みらい研究所「就職白書2020」 リクルート 就職みらい研究所「就職白書2024」業務効率の向上と新規ビジネス創出リスキリングを通じて新たなスキルを習得した社員は、既存の業務をより効率的に進められるようになるだけでなく、新たなビジネスチャンスを発見する可能性も高まります。また、デジタルツールを使いこなせるようになり業務プロセスが効率化され、従業員はより付加価値の高い業務に専念できる環境が整うでしょう。組織文化の維持既存の社員がリスキリングを行うことで、企業文化を守りつつ新たな技術を導入することが可能です。外部から新たに人材を採用する場合、企業文化の引き継ぎが難しくなることがあります。しかし、現在の社員を育成することで、自社の文化を維持しながら技術革新を進められます。DX推進におけるリスキリングの進め方本章では、DX推進におけるリスキリングの基本的な進め方を以下の4つのステップに分けて取り上げます。現在のスキルの把握と必要スキルの明確化これにより、組織全体でどのスキルが足りないかがわかり、リスキリング計画を立てる上での重要な指針が得られます。リスキリングプログラムの設計社員が参加しやすい多様な学習手段を設け、各社員のスキルレベルに合わせたカスタマイズが可能なプログラムを設計することで、効果的なリスキリングが期待できます。リスキリング教育の実施新たな知識の習得に社員が意欲を持って取り組めるように進め、外部の教育機関も活用することで、広範な学びの機会を提供できます。学んだスキルの実践機会の提供新たに習得したスキルを実際に活用することでスキルが定着しやすくなり、DX推進に貢献する即戦力としての活躍が期待できます。それぞれのステップで行うことを中心に解説します。①現在のスキルの把握と必要スキルの明確化まず、社内のスキルを見える化するため、各社員が持つスキルセットや経験を詳細に把握することが重要です。これには、スキルマトリクス(各社員のスキルを一覧化・可視化したもの)の作成が有効です。次に、企業の経営戦略やDX推進計画に基づき、自社のDX推進にあたって今後求められるスキルを特定します。例えば、DX推進にはAIやデータ分析、クラウドサービスの活用スキルなどが必要となるケースが多いでしょう。これにより、社員ごとのスキルギャップ(現在のスキルと今後必要となるスキルの違い)を把握でき、リスキリングにより強化していくべき分野のスキルが明確になります。②リスキリングプログラムの設計リスキリングの効果を高めるためには、効果的なプログラム設計が不可欠です。社員が参加しやすいように、オンライン講座や社内トレーニングなど、多様な学習手段を提供することが重要です。特に短時間で集中して学べるマイクロラーニングやeラーニングの制度を設ければ、多忙な社員もリスキリングに取り組みやすいです。また、各社員のスキルレベルに合わせてカスタマイズできる学習プランを作成すれば、リスキリングの負担を軽減しつつ学びやすい環境を提供できるでしょう。弊社ではデジタルスキル標準に完全対応で、DXスキルアセスメントから自社ケースの実践まで、学びと実務支援が一体となった教育プラットフォーム『SIGNATE Cloud』を運営しています。『SIGNATE Cloud』は人材の発掘から育成、そして学んだことを実際の業務につなげることが可能です。DX推進におけるリスキリングを進めるうえで大いに役立ちますので、ご興味のある企業様はお気軽にお問い合わせください。お問い合わせはこちら③リスキリング教育の実施リスキリングプログラムが整ったら、社員に実際に取り組んでもらいます。この際に注意すべき点は、リスキリングによる新しいスキル・知識の習得が、社員にとって負荷となり、一定のストレスを伴う可能性があることです。無理に学ばせるのではなく、社員自身が意欲を持って取り組めるよう、その意思を尊重しましょう。また、外部の教育機関や専門家を活用して、最新の技術・トレンドを学ぶ場を設けることも効果的です。これにより、社内の環境に偏らず多様な学びの機会を提供できます。④学んだスキルの実践機会の提供リスキリングにより新たに学んだスキル・知識を実務で活用するためには、OJT(On-the-Job Training:実務訓練)など、業務と学習を組み合わせたアプローチが効果的です。プロジェクトの一部を新しいスキルを学ぶ機会として設定することで、実際の業務を通じてスキル・知識を深められるでしょう。例えば、AIの知識を習得した社員がデータ分析のプロジェクトに参加できるような仕組みを作ることで、社員の成長意欲を持続させることができます。また、定期的なフィードバック・評価を行う仕組みを整え、スキルの定着を促進することも効果的です。リスキリングの課題と解決策リスキリングにはさまざまな課題があります。リスキリングに取り組む際には、この課題を把握しどう対処するのか考えておくことが重要です。本章では、DX推進におけるリスキリングの代表的な課題とその解決策を順番に解説します。時間とコストの確保リスキリングは基本的に通常業務と並行して行われるため、従業員は忙しい日々の業務をこなしつつ研修に取り組むことになります。これは、リスキリング対象者だけでなく、指導を担当する従業員にも共通の状況です。時間の確保は、リスキリングを進める上で大きな課題の一つです。さらに、リスキリングには費用も発生します。研修に必要な教材費や会場費、外部講師を依頼する場合の講師料や研修費用など、予算確保も大きな課題です。とはいえ、リスキリングの重要性を考えれば、ある程度のコストは避けられません。リスキリングに必要な時間や予算をどのように確保するかが、企業が解決すべき大きな課題と言えるでしょう。業務が忙しい中でリスキリングの時間を確保するためには、フレックスタイム制度やリモートワークなどの導入が有効です。これにより、社員は業務の合間や隙間時間に学べるようになり、家庭との両立もしやすくなります。そのほか、短期間で集中して学ぶ「マイクロラーニング」を取り入れて、学習のハードルを下げ、社員が効率的にスキルを身につける環境を整えることも効果的です。これにより、業務と学習の両立が可能になり、時間の制約を乗り越えやすくなるでしょう。また、費用を抑えつつ効果的な学習を促進するためには、外部講座の費用負担や企業内での教育インフラの整備が効果的です。無料で利用できるプラットフォームや、政府による助成金制度の活用でも、企業の負担を軽減することが可能です。学習意欲の低下リスキリングを進めるうえでは、社員の学習意欲を維持することも大きな課題です。特に学習期間が長引いたり、成果がすぐに見えなかったりする場合、社員のモチベーションが低下しやすくなります。これを防ぐためには、インセンティブ制度を取り入れることが効果的です。例えば、リスキリングによる学習の達成度に応じて報奨金を支給したり、昇進や給与アップの評価基準に反映させたりなどの方法があります。また、学習の進捗状況を可視化し、社員が成長を実感できる仕組みを用意することも有効です。最近では、バッジシステムを導入し、学習の成果に応じたデジタルバッジを取得できるようにする企業も増えています。これにより、達成感を得やすくなり、学習を続ける意欲が高まるでしょう。定期的なフィードバックや進捗確認も、社員のモチベーションを維持するうえで欠かせません。上司との面談を通じて学習成果が評価されることで、社員はさらなる成長への意欲を持てるようになります。そのほか、リスキリングを楽しむ要素として、ゲーミフィケーション(ゲームの要素を取り入れた学習)を導入し、学びを楽しい体験にすることも効果的です。学習と業務のバランス社員が学習と業務を両立していくことも、リスキリングに取り組む多くの企業にとって大きな課題です。特にDXの初期段階では新たなプロジェクトが増えることで業務量そのものが増加し、学習がおざなりになるケースが多くあります。学習と業務のバランスを保つためには、業務時間内に学習の時間を組み込むシステムの導入が有効です。例えば、毎週一定時間をスキル習得のために確保する「スキルデー」の導入が推奨されます。また、学習を業務の一部として取り入れることも、社員が学習と業務を両立するうえで役立ちます。OJTを活用し、業務をこなしながら新しいスキルを学べるような仕組みを構築するのも効果的です。さらに、ジョブローテーションでは、例えば営業職からマーケティング職やプロジェクトマネジメント職へと移動しながら、多様なスキルを習得することが可能です。このように、さまざまな業務を経験することで、社員のスキル幅が広がり、組織全体の競争力を強化します。企業側としては、業務と学習のバランスを保ちながら社員が負担を感じずに成長できるよう、柔軟な学習制度を整えることが重要です。まとめDX推進において、リスキリングは単なる社員教育にとどまらず、企業全体の成長戦略として重要な役割を担います。リスキリングを通じて、従業員が新たなスキルを習得し、自発的にDX推進に関わるようになれば、企業はより競争力を高め、新たなビジネスチャンスをつかみやすくなります。本記事で紹介したリスキリングのメリットや具体的な進め方を参考に、体系的なプログラムを計画し、社員のスキルアップを支援する環境を整えましょう。リスキリングは一度きりの取り組みではなく、継続的に実施することで真価を発揮します。デジタル時代に対応できる強い組織を作り上げるために、長期的な視点でリスキリングを推進し、DXの成功に向けて企業全体で取り組んでいきましょう。